―― 亜熱帯で生き延びる二つの戦略 ――
台北のスーパーの青果コーナー。
冬になると、赤いリンゴとイチゴが同じ棚に並ぶ。
どちらも本来は寒冷地を好む果実だ。
亜熱帯の島で、しかも「国産」として成立していることに、わずかな違和感が残る。
理由は単純ではない。
両者とも暑さから逃げることに成功した。
ただし、使った手段は正反対だった。
リンゴは空間を、
イチゴは時間を使った。
動けない木の戦略
リンゴは木である。
一度植えられれば、簡単には移動できない。
夏の猛暑も、その場で受け止めるしかない。
さらに、花を咲かせるには一定時間の低温が必要になる。
いわゆる低温要求量だ。
台湾でこの条件を満たす場所は限られている。
平地にはない。
標高二千メートルを超える高山だけが例外になる。
リンゴは水平移動を諦め、垂直に逃げた。
梨山や大禹嶺といった、人が住むにも厳しい場所に定着する。
高山は要塞のようなものだ。
簡単には侵されないが、近くもない。
そこで得たのは、永続的な生存権だった。
やり直せる草の戦略
一方、イチゴは草として扱われる。
暑さに弱いが、枯れれば植え替えがきく。
台湾の夏は三十度を超える。
生存は難しい。
だが、冬は違う。
十度から二十度。
温帯の春に近い条件が、数か月だけ現れる。
イチゴはその時間を待つ。
夏のあいだ苗は冷蔵され、あるいは涼しい場所で保管される。
冬が来ると、平地へ一斉に展開する。
土地に定住しない。
涼しい季節だけ現れる。
短期決戦型の作物である。
棚に現れるコストの違い
スーパーの売り場を見ると、両者の戦略の違いがそのまま現れている。
リンゴは、簡単なネットに包まれるか、裸のまま積まれている。
果実が硬く、衝撃に強い。
高山からの道は険しい。
カーブが続き、距離も長い。
それでもリンゴは形を保つ。
必要なのは、ガソリンと時間だ。
包装にかかる手間は最小限で済む。
イチゴは違う。
必ず硬い透明容器に入り、スポンジとラップで守られている。
産地は平地で、都市にも近い。
距離は短い。
それでも、果実自身の重さで潰れる。
イチゴに必要なのは移動距離ではない。
空気と容器である。
衝撃を拒絶するための個室が、コストになる。
二つの不自然が支える日常
リンゴは場所の記録だ。
高山という、選ばれた空間の記憶。
イチゴは時間の記録だ。
冬という、短い猶予の痕跡。
亜熱帯の島で北国の果実を食べる。
それは自然な行為ではない。
植物が選んだ垂直と時間。
それを物流が束ね、売り場に並べる。
レジを通るとき、
支払っているのは果実の甘さだけではない。
複雑な逃走と適応の積み重ねに、対価を払っている。




