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台湾とフィリピンの骨なしサバヒーについての記録

―― 222本の骨を抜く指先 ――

台南の市場は、夜明け前から動いている。

まだ暗いうちに魚が届き、
水を打った台の上に並べられる。
銀色の腹が、蛍光灯の光を跳ね返している。

その中に必ず、虱目魚(サバヒー)がある。
他の魚より数が多く、
他の魚より早く売れていく。


同じ魚、同じ絶望

マニラの喧騒の中では「バンガス(Bangus)」と呼ばれ、
台南の静かな朝には「虱目魚(サバヒー)」と呼ばれる。

銀色の鱗に覆われたこの魚は、生物学的には同一種だ。

海を隔てた両国の人々が、この魚に対して向き合ってきた問題も同じだ。
身の奥深くに埋まり込み、先端がY字型に分岐する、
222本の肌間刺(はだまぐわし)。

箸でつまもうとすると身が崩れ、
引き抜こうとすると途中で折れ、
食べながら対処しようとしても、
そもそも骨が触れる場所にない。

この絶望的な物理構造を前に、
フィリピンと台湾はそれぞれ異なる答えを出した。


フィリピンの解法——熱量と酸で、骨ごとねじ伏せる

フィリピンにおいて、バンガスは日常の中心にある国魚だ。

彼らが選んだ最もポピュラーな伝統的解法のひとつが、
ダイン・ナ・バンガス(Daing na Bangus)だ。

魚を開き、大量のニンニクと酢で深く漬け込む。
そして高温の油で一気に揚げる。

骨を抜くのではない。
油の熱量で骨の水分を飛ばし、
噛み砕けるレベルにまで脆くする。

同時に、酢の強烈な酸味が、
池の底を泳ぐ魚特有の泥臭さを覆い隠す。

繊細な引き算ではない。
熱量と酸という力で、骨という障害ごと自然に向き合う、
エネルギッシュな解法だ。


台湾の解法——水と刃物で、222本を一本ずつ抜く

台湾の台南では、まったく異なる文脈に置かれた。

台南の朝食が求めるのは、
透き通ったスープ(清湯)や粥だ。
胃袋に流し込む、穏やかな朝の一杯。

煮る、茹でるという「水」の調理では、
骨をごまかすことができない。
泥臭さを隠す強い酸もない。

だから台湾は、極端な方向へ進んだ。

職人が専用の刃物とピンセットを握り、
222本の小骨を一本残らず手作業で引き抜く。
筋肉の奥に埋まったY字型の骨を、
一本ずつ、取り残すことなく。

台湾のサバヒーを扱う食堂の看板には、
必ずといっていいほど「無刺(ウーツー)」という二文字がある。

骨なし、という意味だ。

それは単なるメニューの説明ではない。
自然の構造を完全に排除したという、
職人の仕事の宣言として、看板に刻まれている。


排骨飯より高い、地元の養殖魚

台湾の食堂でメニューを見上げると、
一つの静かな矛盾に気づく。

大ぶりな豚肉が乗った排骨飯(パイクーファン)が
手頃な価格で労働者の腹を満たせるのに対し、
無刺虱目魚肚(ウーツーサバヒーユーズー)、
つまり骨なしサバヒーのハラミのスープや粥は、
それよりも明らかに高い。

ジャンクで高カロリーな豚肉よりも、
地元の養殖魚の方が高いのだ。

なぜか。

魚そのものが希少なわけではない。
台南周辺の養殖池は今も稼働し、
毎朝大量のサバヒーが水揚げされる。

高い理由は、前工程にある。

222本の骨を手作業で一本ずつ抜くという、
極めて労働集約的なプロセスが、価格に乗っている。

サバヒーを食べるとき、
消費者はタンパク質だけでなく、
見知らぬ職人が費やした指先の時間と技術にも、
代金を払っている。

台湾のローカルフードにおいて、安さは強力な基準だ。
しかしサバヒーに関しては、
その「無刺の代償」を誰もが当然のように受け入れ、
毎朝少し多めの小銭を置いていく。

安さというルールをねじ曲げてでも、
この魚を日常の胃袋に収めたいという執着。
それがサバヒーの、台湾における立ち位置を示している。


台湾の「無刺」を支える、マニラの指先

2020年代の現在、
台湾中南部の加工場で、静かな交差が起きている。

高齢化により、長年サバヒー文化を底辺で支えてきた
殺魚阿嬤(サーユーアーマー)、
つまり骨抜きを専門とする熟練の女性たちが激減した。

その過酷なラインの最前線に立っているのが、
フィリピンからやってきた労働者たちだ。

しかし彼らは、見知らぬ異国の魚を
無理やり捌かされている代替労働力ではない。

実はフィリピンにも、
ダイン・ナ・バンガスのように揚げる文化と並行して、
ピンセットで小骨を高速で抜き去る
デボーンド・バンガス(Deboned Bangus)、
つまり骨抜きバンガスという産業と職人技が
古くから根付いている。

マニラの市場で、彼らはすでにバンガスの骨の構造を知り、
外科手術に近い手技を身につけていた。

その技術が海を渡り、
台湾の「無刺」文化を下支えしている。

フィリピンの指先が、台南の朝食を成立させている。


一杯のスープに溶けた、南洋の交差

バンガスとサバヒー。

かつて二つの国は、同じ222本の骨に対して、
「揚げる」と「抜く」という別々の道を選んだように見えた。

しかし根底では、
同じ骨と格闘する技術を、それぞれに磨き続けていた。

その歴史は今、海を越えた労働と技術のつながりによって、
一つの厨房の中で重なり合っている。

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