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台湾で日本蕎麦が食べられない理由を考えてみる

台湾で日本食がこれほど浸透しているのに、どうしても見当たらないものがある。
それが「日本蕎麦」だ。

ラーメンは勝った。
カレーも勝った。
居酒屋も、牛丼も、回転寿司も、すっかり市民権を得た。

それなのに、蕎麦だけがいない。

高級ホテルの和食店を除けば、街角で蕎麦に出会うことはほとんどない。
同じ日本統治時代を経たにもかかわらず、なぜこの麺だけが脱落したのか。


ラーメンは勝ち、蕎麦は負けた

台湾の日本食市場で成功した料理には、共通点がある。

・スープがある
・肉が多い
・脂がある
・そして何より「噛みごたえ」がある

ラーメンは、そのすべてを満たしていた。
台湾の肉食文化、スープ文化、そして「Q(弾力)」信仰と、完璧に噛み合った。

一方、日本蕎麦はどうか。

出汁は繊細。
脂はほとんどない。
肉もない。
麺は、簡単に切れる。

これは台湾の食文化において、あまりにも不利なスペックだった。


「Q」のドグマに反する麺

台湾人が麺に求めるものは、はっきりしている。

噛んだときに、歯を押し返してくる反発。
簡単には切れない、弾力。
それが「Q」だ。

牛肉麺、担仔麺、板條、刀削麺。
どれも「切れにくい」ことが前提になっている。

しかし蕎麦の美学は真逆だ。

蕎麦は、噛み切るものではない。
歯切れと、喉越しを楽しむものだ。

プツッと切れる。
それは欠点ではなく、完成形。

だが台湾の感覚では、それはこう翻訳される。

「コシがない」
「伸びている」
「失敗した麺」

蕎麦は、台湾食文化の憲法とも言える「Q」に、真っ向から違反している。


暑さの問題ではなかった

「暑い国だから、冷たい蕎麦が合わないのでは?」
そう考える人もいるかもしれない。

だが台湾には、冷たい麺文化がしっかり存在する。

それが「涼麺(リャンミェン)」だ。

冷やした中華麺に、
濃厚な胡麻だれ。
大量のニンニク。
油。
砂糖。

ねっとり、重く、パンチがある。

これは「体を冷やす麺」ではない。
「暑さに対抗するための燃料」だ。

対して、蕎麦つゆはどうか。

醤油と出汁の透明な液体。
油はない。
甘みも控えめ。

台湾の蒸し暑い午後に、このつゆはあまりに儚い。
涼麺が「足し算」なら、蕎麦は徹底した「引き算」だった。


皮肉な事実:台湾は蕎麦の産地である

さらに皮肉なことがある。

台湾には、蕎麦の産地が存在する。
中部・彰化県の二林(アーリン)だ。

日本統治時代に導入された蕎麦は、現地で栽培され続けてきた。

だが、それはどう使われているか。

・蕎麦茶
・実のままの加工品
・あるいは日本への原料輸出

麺には、しない。

「作っているが、食べない」
この事実は、蕎麦が台湾人の口に合わなかったことを、静かに証明している。


蕎麦は、あまりに日本的すぎた

ラーメンは、変身できた。

スープを濃くし、
肉を増やし、
油を足し、
Qを強化した。

だが蕎麦は、変身できない。

香りを削れば蕎麦ではなくなる。
歯切れを失えば価値がなくなる。

蕎麦は、繊細で、孤高で、頑固だ。

その精神性は、日本では美徳でも、
台湾では「扱いにくさ」になってしまった。


弾力なき者の孤独

蕎麦は、負けたわけではない。
ただ、戦場が違った。

Qの国では、
切れないものが愛される。

切れてしまう麺は、
どれほど香り高くても、
どれほど歴史があっても、
居場所を得られなかった。

台湾で蕎麦が見当たらない理由は、
文化の断絶ではない。

それは、
「噛みごたえ」という価値観の国境だったと思う。


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