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高雄の昼の風景についての記録

高雄の午後は、朝と夜のどちらにも属していない。
観光のピークでもなく、店が一斉に動き出す時間でもない。

日差しは強いが、街はどこか弛緩している。
人は多いが、急いでいない。
スクーターの流れだけが、都市のリズムを維持している。

この時間帯に歩くと、高雄という街の骨格が見えてくる。
朝の生活臭も、夜の欲望もいったん後退し、
代わりに道路、距離、建物の配置が前面に出てくる。

その骨格を辿る。
高雄駅前から、中山路を南へ。
特別な目的地はない。
ただ、昼の街を一直線に歩くだけだ。


正忠排骨飯の赤い看板

正午を少し過ぎた高雄駅前は、すでに午後の顔をしている。
日差しは鋭く、影は短い。

駅前通りを歩くと、遠くからでもはっきり分かる赤い看板が見える。
正忠排骨飯。
この辺りに来ると、ほぼ無意識に足が向く。

カウンターの前で一瞬だけ迷い、結局いつもの炸鶏腿飯を選ぶ。
衣は硬く、音を立てて割れる。
中の肉は熱く、白い湯気が午後の空気に溶けていく。

食べながら、ふと思う。
この味を「初めて食べた時の感動」として記憶していた頃は、もう過ぎたのかもしれない。
いまは安心に近い。
都市の入口にある、ひとつの基準点のような存在になっている。


縫合される大地(高雄駅)

店を出ると、高雄駅が目に入る。
かつてここには線路があり、街は南北に分断されていた。

いま線路は地下に潜り、地上は広場として再編されつつある。
フェンスの向こうでは工事が続き、コンクリートと鉄骨がむき出しになっている。

都市は、過去の傷をそのまま消すことはできない。
だからこうして、時間をかけて縫い合わせる。
その過程が、まだ可視化されている。

午後の強い光が、工事現場の白い仮囲いに反射している。
朝の柔らかさはもうない。
ここから先は、完全に昼の時間帯だ。


中山路という滑走路

駅を背にして、中山路を南へ歩き始める。

とにかく道が広い。
視界の先まで、ほぼ直線で続いている。
都市計画の意思が、そのまま舗装されているようだ。

歩道も広いが、日陰は少ない。
街路樹の影を選びながら歩くが、午後の太陽は容赦がない。
アスファルトからの照り返しが、体力を少しずつ削っていく。

スクーターが横を流れていく。
彼らは信号と信号の間を、慣れた速度で滑走している。
私は歩く。
ただ歩くだけで、この街のスケールが分かる。


昼の六合夜市とステンドグラス

美麗島駅の交差点に差し掛かる。
右手には六合夜市の入口が見える。

昼の夜市は、ほとんど無音だ。
屋台は閉じ、通路は空き、看板だけが残っている。
まるで舞台装置の裏側に迷い込んだような感覚になる。

地上では熱気が渦を巻いているが、地下にはあの有名なステンドグラスが眠っている。
昼と夜。
地上と地下。
ここは複数の時間帯が折り重なる交差点だ。


前金区という機会損失

前金区に入ると、街の表情が変わる。
路地の奥に、知っている店の気配がする。

あの鴨肉飯。
あの魯肉飯。
午後でも十分に成立する味が、そこにある。

しかし、胃袋はすでに満たされている。
正忠排骨飯のチキンが、まだしっかりと居座っている。

満腹という状態は、時に都市体験の足枷になる。
食べられない、という理由だけで、街の豊かさを素通りする。
それは小さな後悔として、体に残る。


大立百貨と冷気の中で一休み

中央公園を抜け、大立百貨に入る。
扉をくぐった瞬間、空気が変わる。

冷房の冷気が、皮膚にまとわりつく。
汗が引いていくのが分かる。
午後の熱は、ここでいったん遮断される。

Louisa Coffeeでアイスアメリカーノを注文する。
苦味が、口の中を整理していく。

窓の外では、相変わらずスクーターが走っている。
駅前の脂と熱気から始まり、百貨店の冷気とコーヒーで終わる。
この一直線の移動は、高雄の昼を理解するための、ひとつの動線なのかもしれない。


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