―― 火を使わないという中華料理の異端 ――
厨房を覗いて、少し拍子抜けする。
鍋で何かを煮込んでいる気配がない。
丼の底に敷かれているのは、生の牛肉の薄切りだ。
そこへ、透明で沸騰した出汁を一気に注ぐ。
それだけで調理は終わる。
数十秒のあいだに、肉の色がゆっくりと変わる。
赤から、淡いピンクへ。
スープには鉄分と旨味が溶け出し、香りが立ち上がる。
これは料理というより、熱の移動を眺める行為に近い。
調理時間は、提供されるまでの一瞬だけだ。
冷蔵庫を通らない肉
この大胆な方法が成立する理由は、肉そのものにある。
台南で使われるのは「温体牛」と呼ばれる牛肉だ。
深夜に屠殺され、一度も冷凍・冷蔵されることなく店に届く。
死後硬直が始まる前の、まだ弾力と粘りを保った状態。
なぜ台南なのか。
答えは地理にある。
台湾最大級の屠殺場が、台南・善化にある。
輸送距離が短く、時間を置かずに提供できる。
だからこそ、レアのまま湯をかけても臭みが出ない。
贅沢だから朝に食べるのではない。
一番美味い瞬間が、夜明けに来てしまうからだ。
人間の生活リズムの方が、肉に合わせている。

煮込まない理由の記憶
台湾の農村で、牛は長く労働のパートナーだった。
耕作を支える存在であり、食べる対象ではなかった。
近代化とともに牛食は解禁されるが、
それだけでは「なぜ煮込まないのか」は説明できない。
台南の牛肉湯には、もう一つの記憶が重なっている。
先住民シラヤ族の食文化だ。
彼らはかつて鹿を主なタンパク源としていた。
硬くなりやすい鹿肉は、薄切りにして湯通しする。
火を入れすぎないことで、食べやすさを保つ。
鹿が姿を消し、牛がその位置を占めた。
調理法だけが、そのまま残った。
牛肉湯は、牛の姿をした鹿のスープだと考えると、
中華料理としての異端性も自然に見えてくる。
甘さと生姜の役割
スープを口に含むと、まず甘みが来る。
砂糖の甘さではない。
牛骨、玉ねぎ、時にはリンゴ。
素材から出た甘みが重なっている。
台南料理が甘いと言われる理由の、もっと手前にある甘さだ。
卓上には小皿が添えられる。
千切りの生姜と、甘い醤油膏。
ピンク色の肉を軽く浸して食べる。
生姜の刺激が、肉の甘みを一気に引き出す。
噛むというより、ほどける感覚に近い。

時間制限付きの料理
このスープには、明確な制限時間がある。
提供されてから数分。
肉はまだ柔らかく、色も淡い。
しかし、五分も経てば火が通りすぎる。
ピンクは茶色に変わり、魔法は終わる。
夜明け前の薄暗い街角で、
その短い時間だけ成立する料理。
牛肉湯は、台南という場所と時間が作り出した、
極めて限定的な食体験だ。




