―― ミシュラン、トム・クルーズ、そしてハラルの小籠包 ――
通常、ミシュランの星を獲得した店は、慎重になる。
席数を増やさず、支店も出さず、職人の手の届く範囲に留まる。
それが、美食の世界の常識とされてきた。
鼎泰豊は、その常識から外れている。
2009年に香港店が星を獲得して以降、
この店はまるでファストフードチェーンのような速度で、
世界中に店舗を増やし続けている。
年間10店舗以上。
日本、アメリカ、ヨーロッパ、そして中東。
ミシュランと大量出店。
普通なら、どちらかを捨てる選択になる。
それでも鼎泰豊は、両立している。
本店ではなく、香港で起きた転換
転機は台北ではなかった。
2009年、香港のシルバーコード店。
『ミシュランガイド香港・マカオ』で、1つ星を獲得する。
評価されたのは、フレンチでも、懐石でもない。
台湾の小吃と呼ばれる軽食だった。
小籠包が、同じ土俵に上げられた日。
この出来事は、店の立ち位置を静かに変えた。
それまで鼎泰豊は、
台湾で有名な店であり、
観光客が並ぶ店だった。
星を獲った瞬間から、
「世界が認める基準を満たす店」に変わる。
CNNが「旅行者が行くべき世界最高のフランチャイズ」に選ぶ。
ここで、世界展開への滑走路が整った。

18のひだと、21グラム
鼎泰豊の厨房には、数値が多い。
皮は5グラム。
具は16グラム。
合計で21グラム。
ひだの数は、18。
多くも少なくもならない。
2013年、トム・クルーズが台北101店を訪れた。
エプロンをつけ、小籠包作りに挑戦する。
話題になったのは、その姿ではない。
彼が直面した、厳密なルールだった。
ひだが一つ違う。
重さが数グラムずれる。
それだけで、やり直しになる。
ここでは、職人の勘は重視されない。
感覚は排除され、数値に置き換えられる。
この仕組みが、世界中のどの店舗でも再現される。
現地で雇われたアルバイトが、同じ小籠包を包む。
だから、店が増えても、味が揺れない。

選ばれた他人に任せるという方法
年間10店舗という出店ペースは、
直営では支えきれない。
鼎泰豊は、すべてを自社で抱え込まなかった。
フランチャイズを採用する。
ただし、その形は特殊だ。
誰でもオーナーになれる仕組みではない。
各国の飲食や流通のトップ企業とだけ組む。
日本では、高島屋。
1996年、初の海外進出で手を組んだ相手だ。
百貨店のレストラン街という立地は、
鼎泰豊の清潔感と、無言で相性が良かった。
東南アジアやロンドンでは、ブレッドトーク。
ベーカリー大手が、資本力と展開速度を担った。
香港では、ミラマーグループ。
2009年に星を獲った店舗を運営しているのも、
台湾本部ではなく、この不動産・ホテル大手だ。
本部は、技術とブランドを提供する。
現地企業は、資金と場所を用意する。
すべてを管理しない。
現地を知る巨人に任せる。
この分業が、品質と速度を同時に成立させた。
行列が意味を変えた場所
ロンドン店のオープンは、象徴的だった。
当時のボリス・ジョンソン市長が歓迎コメントを出す。
店の前には、4時間、5時間待ちの行列ができる。
小籠包が、
単なる中華料理としてではなく、
別の意味を帯び始める。
欧米において、鼎泰豊は、
アジアン・ラグジュアリーの入口として機能した。
ガラス張りの厨房。
清潔な店内。
均一なサービス。
中華街にまとわりついていた、
曖昧さや不安を、意図的に排除している。
安心して入れる中華。
それが、行列を生んだ。
豚肉を捨てる決断
世界展開の最大の壁は、豚肉だった。
小籠包の魂は、豚だ。
それを使えない地域がある。
中東、インドネシア、マレーシア。
イスラム圏では、ハラル認証が必須になる。
鼎泰豊は、ここで立ち止まらなかった。
豚を使わない小籠包を開発する。
鶏肉、羊肉。
豚肉特有の濃厚なスープを、
別の素材で再現する技術を詰める。
結果として、
ドバイやジャカルタで、
初めて小籠包を体験する人が生まれる。
スープが溢れるという体験だけが、
宗教を越えて共有される。
伝統に固執しない。
現地の文化に合わせる。
この柔軟さが、帝国を広げている。

小籠包のiPhone
鼎泰豊が成し遂げたことは、
小籠包のiPhone化と呼べるかもしれない。
どこで買っても、同じ品質。
洗練されたパッケージ。
欲しがられるブランド。
1949年、油問屋として始まった小さな店は、
国境も宗教も越える存在になった。
世界中の鼎泰豊で、箸を入れる。
そこにあるのは、ただの肉まんじゅうではない。
管理され、設計された、台湾の一部だ。
それを食べている、
という事実だけが、静かに残る。







