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台湾の美而美についての記録

台湾の住宅街を歩く。
まだ店の多くがシャッターを下ろしている時間でも、灯りのついた店がある。

赤と黄色の派手な看板。
「美而美」。
あるいは、その前後に別の文字が付いた似た名前。

外から鉄板の音が聞こえる。
卵が割られ、パンが焼かれ、油の匂いが流れてくる。

この店は、マクドナルドよりも静かに、深く、台湾の日常に入り込んでいる。
だが、その正体を説明するのは少し難しい。

かつて台湾の朝は、粥と豆乳が中心だった。
その風景を、数年のうちに塗り替えた名前がある。

美而美。
それは店名であると同時に、変化の記録でもある。


粥と豆乳の時代

1980年代に入るまで、朝食の選択肢は大きくは変わらなかった。

家で食べるなら清粥小菜。
外で食べるなら、豆乳と焼餅油條。

温かく、安く、腹にたまる。
働く前の体には十分だった。

ハンバーガーやサンドイッチは存在していたが、
それは西洋の食べ物だった。

価格も高く、日常からは少し離れていた。
毎朝口にするものではない。

だが、その距離の中に空白があった。
まだ誰も埋めていない市場が残っていた。


トラック運転手が見つけた隙間

1981年。
林坤彬という元トラック運転手が、台北で小さな屋台を始める。

彼の考えは単純だった。

西洋の味を、台湾の価格で出す。

当時高嶺の花だったハンバーガーを、
学生や労働者でも買える値段にする。

そのためにパン工場と交渉し、
安価なバンズを手に入れる。
パティは薄いが、肉の味がするものを選ぶ。

豪華さではなく、継続して買えることを優先した。
朝食は贅沢ではなく、習慣になる必要がある。

屋台はやがて店になり、
その名前が美而美だった。


甘いマヨネーズという翻訳装置

安さだけでは、人の舌は動かない。

当時の台湾人にとって、
アメリカ式の酸味の強いマヨネーズやケチャップは馴染みにくかった。

そこで一つの調整が行われる。

美乃滋。
半透明で、甘いマヨネーズ。

卵黄を使わず、植物油、砂糖、酢、澱粉でとろみをつける。
焼いたバンズにたっぷり塗る。

この甘じょっぱい味が、
ハンバーガーを別の料理に変える。

コピーではなく、翻訳に近い。

西洋のハンバーガーは、
台湾の漢堡になる。

味は、国境を越えるとき、
少し形を変えるらしい。


メニュー表の地層が動く

美而美が広がるにつれ、
朝食屋のメニューに変化が現れる。

漢堡。
三明治。

それらが、蛋餅の横に並ぶ。

特別な日の食事だったものが、
日常の選択肢になる。

格下げなのか、格上げなのかはわからない。
ただ、距離が縮まった。

厨房では、別の変化が起きていた。

巨大な鉄板。
パンを焼く。
パティを焼く。
卵を焼く。

一枚の鉄板で完結する。

この合理的な仕組みが、
後の「何でもありの朝食屋」の原型になった。

異なる料理が、
同じ場所で同時に作られる。

朝の風景は、ここで少し複雑になる。


増えすぎた名前

成功には副作用がある。

美而美の形式は、模倣しやすかった。
鉄板とパンがあれば始められる。

やがて台湾各地に、
似た名前の店が現れる。

巨林美而美。
瑞麟美而美。
弘爺漢堡。

本家は商標登録などで対抗したが、
完全に制御することはできなかった。

結果として、
赤い看板は一つの記号になる。

洋風朝食屋。
それだけが伝われば十分だった。

名前は、少しずつ所有者を離れていく。


幽霊チェーンという現象

こうした店は、チェーン店のように見える。
だが、実際には互いに無関係だ。

幽霊チェーン。
そう呼ばれることがある。

特定の本部があるわけではない。
だが、客にとっては重要ではない。

看板が示すのは、経営母体ではなく、
料理の形式だからだ。

台湾では、地名や店名が公共の記号のように扱われることがある。

永和豆漿。
嘉義火鶏肉飯。
温州大饂飩。

それらは必ずしも本家ではない。
それでも、人は看板を信じて店に入る。

重要なのは、由来よりも、
そこで何が食べられるかだ。

名前は、説明の役割を担う。

美而美もまた、
その列に加わったのかもしれない。

ブランドが街に溶けるとき、
境界は曖昧になる。


甘さが残したもの

いま、美而美でハンバーガーを食べる人は、
それを西洋料理だとは思わないだろう。

それはすでに、
台湾の朝の一部になっている。

甘いマヨネーズ。
柔らかいパン。
鉄板の音。

新しいものを受け入れ、
自分たちの味に変える。

美而美の歴史には、
そうした食の好奇心が見える。

朝、赤い看板の前を通る。
多くの人が立ち止まり、注文し、また歩き出す。

その光景は特別ではない。
ただ続いている。

甘いマヨネーズの味も、
もう説明を必要としていない。

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