—— エリーゼのためにが流れた夕方、ふと思ったこと ——
夕方の路地に「エリーゼのために」が流れる。
台湾では、この音楽が「ごみ出しの合図」になっている。
袋を手にした人たちがエレベーターから降りてきて、
アパートの前に集まる。
車が来るまでの小さな待ち時間。
ある日、食堂の片隅でこの音楽を聞きながらふと考えた。
この“待ち時間”を台湾全体で合計すると、どれくらいになるんだろう?
ざっくり計算してみる(週 3 回出すと仮定)
- 台湾人口 約 2,350 万人
- 平均世帯人数 2.5 人
→ 世帯数 約 940 万世帯
ごみ収集車は週 5 回来るが、
毎回出すわけではないので 週 3 回 と仮定する。
1 回あたりの拘束時間は、エレベーター往復・待ち時間も含めて 5 分 と置く。
世帯あたり年間待ち時間
5 分 × 週 3 回 × 52 = 780 分
780 分 ÷ 60 = 約 13 時間/年
台湾全体
13 時間 × 940 万世帯 = 約 1 億 2,000 万時間/年
これはフルタイム労働者 約 6 万人分の年間労働時間 に相当する。
2. 時間の価値に換算してみる
台湾の労働生産性を時給 2,000 円とすると、
1 億 2,000 万時間 × 2,000 円
= 約 2,400 億円/年
週 5 回出すと仮定した場合は約 4,000 億円になるが、
現実的に週 3 回にすると 2,000〜3,000 億円規模 になる。
見た瞬間は「まあまあ大きい数字」に見える。
では、これって合理的なのか?
ここからが本題。
2,400億円という金額をどう評価するか
—— 都市工学的に“妥当かどうか”を検証する6つの視点 ——
① 代替方式のコストと比較する
—— 別の方法の方が高かったら、今の方式が合理的になる
台湾式(住民が直接ごみ収集車へ持っていく方式)をやめると、
次の代替案が必要になる。
- 路上の大型コンテナ
- マンションごみ集積所の設置
- 地下パイプ式(韓国、シンガポールで採用)
- 収集員の大増員(固定集積所方式)
これらのコスト感はこうだ。
路上コンテナ方式
- 設置:1基 50万〜200万円
- 維持費:年数十万円
- 必要数:台湾全土で数十万基規模
→ 年間何千億円でもおかしくない
地下パイプ方式
- 1kmあたり数十億円
- 都市全体で導入すれば 数兆円級
これらは、
「市民の待ち時間コスト(2,400億円)」を大幅に上回る。
つまり、
“人が待つ方式”は、現実には最も安い。
都市工学では最重要ロジック。
② 清潔さによる外部不経済の削減
—— “街がきれいである価値”は数字で説明できる
台湾では道にごみ袋を置かない。
だから、
- カラス・犬・猫に荒らされない
- 匂いが発生しにくい
- 景観が良い
- 観光地として印象が強い
これらは「外部不経済の削減」として評価できる。
たとえば:
- 害虫駆除コストの低下
- 道路清掃コストの削減
- 不法投棄対策の削減
- 観光収益の維持
これらを積み上げると、
数百億〜1000億円規模 の便益がある。
完全に無視できない。
③ コミュニティ形成という“無形資産”
—— 数字にしづらいが、軽視できない価値
台湾の研究者は、ごみ収集車方式を
social glue(社会の接着剤) と呼ぶ。
- 軽い挨拶が生まれる
- 高齢者の外出機会になる
- 防犯にも効く
- “近所の顔見知り”を維持する装置
金額化は難しいが、社会科学では
「1世帯あたり数千円〜1万円の価値」
と見積もることができる。
台湾全体では、
- 2,400億円(ざっくり推定) = 1世帯 2.5万円/年
→ コミュニティ維持コストと考えればそこまで高くない。
④ 出し忘れ・破損・散乱リスクの低さ
—— “ごみが街に残らない”という合理性
日本方式(深夜に出す)だと、
- 出し忘れる
- 動物に破られる
- 強風で散乱する
- 清掃が増える
これらは自治体のコストを押し上げる。
台湾方式は、
住民と収集車がリアルタイム同期している
ため、
これがほぼゼロ。
このメリットは数百億円規模で効いている可能性がある。
⑤ 収集効率が高く、行政コストが下がる
—— 市民の時間と行政コストの“交換”
台湾は路地が多いが、その分、
- 収集車のルートが効率的
- 停車回数が少ない
- ごみ置き場の巡回が不要
- 分別がシンプルで回転が早い
で済む。
一方で、
日本方式(固定集積所)にすると、
- 各地点で停車
- 作業員が歩いて回収
- 車両を増やす必要
- 行政コストが跳ねる
台湾式は、
“市民が時間を負担する代わりに、行政側のコストを最小化する”
という交換条件で成立している。
2,400億円のうちの一部は、
実際には「行政が支払うはずだった税金」を市民が時間で肩代わりしているとも言える。
⑥ 国全体の“総合的最小化”で見る
—— 数字を足し引きすると、意外と合理的
最後に総合式を見るとこうなる:
総コスト =
市民の待ち時間コスト(2,400億円)
+ 行政運営コスト
− 衛生改善による外部不経済の削減
− コミュニティ形成による便益
これを総合すると、
- 行政コスト:台湾方式の方が安い
- 衛生メリット:数百億〜1000億円
- コミュニティ:無視できない
- 待ち時間:雑な推定で2,400億円
結果として、
台湾方式は「高いようで安い」。
都市全体としては最適化されている方式。
という結論に近づく。
つまり
台湾のごみ収集車待ちは、
表面的には「時間のロス」に見えるけれど、
都市工学的には“最も安い仕組み”である。
清潔さ、コミュニティ、行政効率。
さまざまな価値を合計すると、
2,400億円という数字は「十分に許容できる範囲」になる。
エリーゼのためにが聞こえて、
人々が袋を手に路地へ出てくる風景。
あれは、
時間の無駄ではなく、
都市全体が最小コストで清潔を維持する“ひとつの最適解”なのだ。
注文していた蚵仔煎(牡蠣オムレツ)が、ドンっと置かれる。
卓上の割りばしに手を伸ばしたが、
ふと思いついて、金属製の箸を取りにカウンターに向かった。
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