―― 海を渡ったスパイス ――

ペナンの空気には、港町の名残がある。
海が近く、湿度が高く、匂いが逃げない。
ジョージタウンを歩くと、香辛料の気配がどこかに漂っている。
店の奥で煮えている鍋。油の膜。焦げた玉ねぎの甘さ。
それらが、歴史の話より先に体に入ってくる。
マレーシアの食は、整った料理というより、環境に合わせて残った形式に見える。
熱があり、人が動き、夜が長い。
その条件の上に、食事と飲み物が組み合わさっていった。
ナシカンダー。
テ・タリ。
そしてママック。
この国の「日常」を支えているものを辿ると、地図は自然にペナンへ戻っていく。

風が運んできた男たち
18世紀後半、ペナン島。
イギリスがこの島を拠点にし、港町として整備していった時期がある。
フランシス・ライトがジャングルを切り開き、ジョージタウンを建設した頃だ。
海峡の交易が増えると、人も流れ込む。
南インドから渡ってきたタミル系のムスリムたちも、その一部だった。
彼らは、後に「チュリア(Chulias)」と呼ばれることがある。
商人もいれば、港の仕事に就く者もいた。
理髪師、香辛料屋、雑用を請け負う人間もいた。
海を渡った理由は、立派な理想ではない。
仕事があり、金が動き、食える可能性がある。
港町はそういう場所だった。
彼らが持ち込んだのは、宗教だけではない。
食の癖も一緒に運ばれた。
油の使い方、香辛料の層、甘さの扱い方。
そして、短時間で腹を満たすための設計。
それは後から「文化」と呼ばれるが、最初はもっと実務的なものだったはずだ。
港の条件が味を決める
港は、人間の生活を乱暴にする。
時間が不規則になり、体力が削られ、食事が後回しになる。
さらにペナンは暑い。
高温多湿の環境では、食べ物はすぐに傷む。
食事は、きれいに繊細に作るより、濃くして回転を上げたほうが合理的になる。
結果として、味は強くなる。
油が増える。
香辛料が厚くなる。
それは「刺激」ではなく、保存と労働のための技術に見える。
港町の食は、胃袋に優しい必要がない。
動けることが優先される。

天秤棒から始まった皿
ナシカンダー(Nasi Kandar)という名前は、履歴書のように出自を残している。
Nasi はご飯。
Kandar は天秤棒で担ぐ、という意味だ。
店が先にあったわけではない。
鍋を担いで運ぶ形式が先にあった。
白米とカレー。
早く、腹にたまり、汗をかく身体を動かすための燃料。
天秤棒の両端に鍋を吊るし、港の労働者のところへ運ぶ。
それが、ナシカンダーの原型だったと言われる。
現在のナシカンダーは、巨大なショーケースの中で「ステンレスの山」になっている。
だが、やっていることは大きく変わっていない。
ご飯を盛り、惣菜を選び、最後にソースをかける。
料理として完成しているというより、皿の上で状態が決まる。
複数のカレーが混ざり合い、境界線が消える。
味は整理されない。
ただ、濃さだけが残る。
この混沌が「正解」として運用されているところに、港の合理性が見える。

引かれた紅茶という潤滑油
燃料があるなら、飲み物も必要になる。
喉を潤し、頭を動かし、もう少しだけ働けるようにするもの。
テ・タリ(Teh Tarik)は、その役割に近い。
紅茶に練乳を入れ、泡が立つまで引いて混ぜる。
透明なグラスに注がれた茶色い液体。
表面に、薄い泡の層が残る。
甘いが、妙に重くない。
疲れているときに、体に素直に入ってくる。
この飲み物は、茶畑の国の紅茶ではない。
港の紅茶だ。
安価な茶葉。
保存の効く練乳。
それを混ぜ、冷まし、空気を含ませる。
「引く」という動作は、見せるための演出ではなく、工程として必要だった。
練乳を均一にする。
飲める温度に落とす。
泡を作り、口当たりを軽くする。
結果として、甘いのに飲みやすい液体ができる。
嗜好品というより、夜の燃料に近い。

「ママック」という場所へ定着する
時代が進むと、港の働き方は変わる。
行商の形式は減り、屋台が増え、店ができる。
路上から軒先へ。
屋根の下へ。
そして、24時間の食堂へ。
ここで残ったのが「ママック」と呼ばれる形式だ。
語源はタミル語の「叔父(おじさん)」に由来すると言われる。
もともとはインド系ムスリムの人々を指す呼び名だったが、
やがて彼らが営む食堂そのものを指すようになった。
マレー料理でもない。
インド料理でもない。
中華でもない。
だが、その全部が混ざっている。
ママックは、料理のジャンルというより、街のインフラに近い。
夜でも開いている。
安く、早く、誰でも座れる。
プラスチックの椅子と、ステンレスのテーブル。
頭上の蛍光灯。
この組み合わせが、国の夜を支えている。
誰もが「Boss」になる
ママックには、独特の呼び方がある。
客は店員を「Boss」と呼ぶ。
店員も客を「Boss」と呼ぶ。
あるいは「Ane」と呼ぶ。
丁寧でもなく、乱暴でもない。
序列を曖昧にして、会話の摩擦を減らす言葉だ。
多民族国家では、言語も宗教も背景も揃わない。
その中で店を回すには、細かい説明より、短い共通語のほうが強い。
Boss。
その一言で、注文が始まる。
ここでは誰もが偉いわけではない。
ただ、誰もが客として扱われる。
ママックの平等さは、思想ではなく、回転のために成立しているように見える。

ロティとカレーが最小単位になる
ママックのメニューは多い。
ナシゴレンもある。
ミーゴレンもある。
ナシカンダーも置かれていることがある。
だが、最小単位として強いのは、ロティとカレーだ。
ロティ・チャナイ。
薄い生地を焼き、折り、油で層を作る。
それをカレーにつける。
料理というより、手の動きに近い。
ちぎって、浸して、口に入れる。
スプーンがなくても成立する。
夜が長い国では、こういう食べ方が残りやすい。
食事が儀式になると、続かない。
ママックは続くための形式だ。
ナシカンダーとテ・タリが並ぶ夜
ママックのテーブルには、たいてい甘い飲み物がある。
代表がテ・タリだ。
その横に、ナシカンダーの皿が置かれることも多い。
混ざったカレーの匂いと、甘い泡が同じ空気に置かれている。
重い食事と、甘い飲み物。
この組み合わせは、健康的とは言いづらい。
だが、労働の街では理想の食生活は優先されない。
必要なのは、今この場で動けることだ。
糖分とカフェイン。
油と塩分。
スパイスの刺激。
それらが揃うと、人間はもう少しだけ夜を続けられる。
港の歴史は、今も薄く残っている
ペナンには、今もナシカンダーの古い店が残っている。
チェーン店もある。
観光客向けの店もある。
形式は変わっても、中心は似ている。
皿の上で混ざること。
甘い泡が回ること。
夜が続くこと。
テ・タリの泡は軽い。
だが、その軽さは偶然ではない。
混ぜるため、冷ますため、空気を含ませるため。
港町の条件に合わせて残った結果だ。
ナシカンダーの茶色い洪水も同じだ。
整えるより、混ぜるほうが速い。
速いほうが回る。
回るほうが続く。
ママックの椅子に座ると、その合理性が体に伝わってくる。
これは民族料理というより、港の生活が作った形だ。
ペナンから始まったものが、クアラルンプールでも同じように回っている。
夜の街で、Boss と呼ばれながら。
そして、甘い泡を飲む。
それだけで、少しだけこの国の輪郭が分かる気がする。







