―― 台湾の朝が甘く始まる理由 ――
台湾の朝食屋で「豆漿」とだけ言うと、冷たく、そして驚くほど甘いものが出てくる。
日本で想像する無調整豆乳とは、まったく別物だ。
台湾における豆乳は、健康飲料ではない。
「大豆のジュース」、あるいは甘味飲料としての位置づけに近い。
暑い朝、汗ばむ体にこの冷たく甘い液体を流し込むと、
理屈より先に「これは必要なものだ」と理解してしまう。
冷・常温・熱
店によっては、豆乳に複数の温度帯が用意されている。
- 冰豆漿(冷たい)
- 常溫豆漿(ぬるい)
- 熱豆漿(温かい)
観光客が選ぶのは、ほぼ例外なく「冰」。
一方で地元客の中には、胃腸への負担を避けるために常温を選ぶ人も多い。
朝食屋のカウンターは、
身体の状態に合わせて温度を選ぶ場所でもある。
焦味(ジャオウェイ)という風味
永和豆漿系の古い店では、
豆乳から微かに焦げた匂いが立ち上ることがある。
これは失敗ではない。
大豆を煮る過程で、あえて底を少し焦がし、香ばしさを加える昔ながらの製法だ。
地元の人はこれを「古早味(昔の味)」と呼ぶ。
一方、日本人旅行者は一瞬戸惑う。
この焦味を「美味しい」と感じられるようになった時、
味覚は確実に台湾側へ一歩踏み込んでいる。
甘さのバリエーション
冷たい豆乳の最大の罠は、甘さだ。
指定しなければ、以下が出てくる。
- 全糖:普通(かなり甘い)
甘さを調整したい場合は、明確に伝える必要がある。
- 半糖:日本人にはこのあたりが無難
- 無糖:清漿(チンジャン)と呼ばれることもある
無糖を頼むと、
店員が少し驚いた顔で、別の容器から注ぐことがある。
それほどまでに、甘い豆乳が標準なのだ。
封印されたカップ
冰豆漿は、多くの場合、
プラスチックカップに入れられ、上部をフィルムで完全にシーリングされる。
この形状は合理的だ。
- 倒れてもこぼれない
- バイク移動でも安全
- 持ち歩き前提の設計
太いストローでフィルムを突き破る「バン」という音が、
朝食開始の合図になる。
なお、鹹豆漿はお椀、冰豆漿はカップ。
この差は、「座って食べる食事」と「携帯する飲み物」の明確な境界線だ。
油を切るための液体
台湾の朝食は、油分が多い。
蛋餅、燒餅油條、飯糰。
どれも小麦か揚げ物か、あるいはその両方だ。
そこに冷たい甘い豆乳を流し込むと、
口の中が一気にリセットされる。
水でも、お茶でもない。
植物性の甘いミルクでなければ、この役割は果たせない。
甘さは環境への適応
台湾の冷たい豆乳は、
優しさというより、環境への適応の産物だ。
暑さ、湿気、油分、スピード。
それらすべてを受け止めるために、
豆乳は冷やされ、甘くなった。
朝の屋台でそれを飲み干すとき、
私たちは「台湾の朝の設計思想」を、そのまま体に取り込んでいる。
■ 参考記事リスト
■ 台湾の朝食屋(網羅的な解説)
コメント