―― うどん、ドーナツ、そして「白いタイヤキ」の正体 ――

日本人は、食感にうるさい。
ラーメンにはコシを求め、
パンにはモチモチを求め、
餅は言うまでもなく国民的存在だ。
だが近年、
コンビニスイーツや冷凍食品で感じる「弾力」は、
昔ながらの餅や小麦の粘りとは、
どこか性質が違う。
噛み切れるまでの時間、
歯に返ってくる反発、
冷めても変わらない安定感。
その正体は、
台湾で「Q」と呼ばれる食感、
すなわちキャッサバ由来の加工デンプンである。
日本列島は、すでに静かに「Q化」されている。
粘度と弾力は、似ているようで違う
日本語で「モチモチ」と呼ばれる食感の多くは、
本来は粘度の感覚に近い。
餅や白玉に代表されるそれは、
歯にくっつき、引き延ばされ、
ゆっくりと形を変える重たい抵抗だ。
一方で、台湾の「Q」は、
弾力に重心がある。
歯を押し返し、
一定の形を保ち、
最後には「プツン」と切れる。
似ているようで、身体の受け取り方はまったく違う。
前者は粘り、後者は反発である。
本来、日本人が慣れ親しんできたのは前者だった。
伸びない餅は出来損ないであり、
切れやすい団子は未熟とされてきた。
それでも日本は、
この弾力を拒まなかった。
タピオカ由来の反発力は、
「異物」としてではなく、
「新しいモチモチ」「進化したコシ」として受け取られた。
理由は単純かもしれない。
「モチモチ」という言葉の守備範囲が、
あまりにも広かった。
冷凍うどんの革命
「冷凍うどんの方が、安い茹でうどんよりコシがある」。
多くの人が、経験的にそう感じているはずだ。
本来、うどんのコシは小麦のグルテン形成によって生まれる。
足踏み、熟成、水分管理。職人の技が支配してきた世界だ。
しかし冷凍うどんは違う。
解凍しても切れず、伸びず、毎回同じ食感を再現する必要がある。
そこで投入されたのが、タピオカデンプンだった。
小麦だけでは実現できない「冷凍耐性」と「反発力」を補完するための、産業的な選択である。
私たちが「讃岐っぽい」と感じているコシの一部は、
実はキャッサバの力に置き換わっている。

ミスタードーナツを救った「リング」
ミスタードーナツの絶対王者、「ポン・デ・リング」。
その原型は、ブラジルのチーズパン「ポン・デ・ケージョ」だ。
主原料は小麦ではなく、タピオカ粉。
日本のドーナツ市場は、
かつてオールドファッションのような「サクサク・ボソボソ」が主流だった。
そこに現れたのが、
噛むほどに戻ってくる弾力=Q。
あれはドーナツではない。
揚げた甘い団子に近い。
台湾人の「Q偏愛」と、
日本人の「モチモチ信仰」が、
タピオカという媒介を通じて接続された瞬間だった。

冷蔵庫に入れられるかどうか
本物の餅には、明確な弱点がある。
冷蔵庫に入れると、
急激に硬くなる。
これは「老化(β化)」と呼ばれる現象で、
米デンプンが結晶化し、
噛めない硬さへと変わるためだ。
だから大福は常温で売られ、
冷やす必要のある菓子は、
別の原料を使うしかなかった。
ここで選ばれたのが、
キャッサバ由来のデンプンだった。
タピオカデンプンは、
低温でも硬くなりにくく、
時間が経っても弾力を保つ。
コンビニに並ぶ
「冷やして美味しいモチモチスイーツ」が
急増した背景には、
この性質がある。
和菓子の顔をしているが、
中身は化学的に最適化された工業製品。
それは失敗ではなく、
冷蔵庫という環境に適応した結果だった。

一瞬で消えた徒花、「白いタイヤキ」
2000年代後半、街を席巻して、
忽然と消えた「白いタイヤキ」。
小麦粉ではなく、
タピオカ粉(加工デンプン)を主原料にしたことで、
冷めても硬くならず、
焼き置きができ、
回転率も高かった。
ビジネスとしては、理にかなっていた。
だが、問題は別のところにあった。
成功したQ食品には、
共通点がある。
冷凍うどんも、
ポン・デ・リングも、
小麦の風味や既存の食感を土台にして、
Qを補助的に使っていた。
白いタイヤキは違った。
香ばしさも、
サクサク感も捨て、
Qだけを前面に出した。
結果、
日本人が口にしたのは
「温かくて甘いゴム」に近い感触だった。
日本人はモチモチが好きだが、
弾力そのものを食べたいわけではない。
白いタイヤキは、
Qを主役にしてはいけないという
最初で最後の教訓だった。
「和製Q」は、すでに日常に溶けこんでいる
冷凍うどん。
もちもちパン。
わらび餅風スイーツ。
原材料表示に「加工デンプン」と書かれていたら、
それは日本に潜伏するQの痕跡だ。
日本人は、タピオカミルクティーブームが来るずっと前から、
知らず知らずのうちにタピオカを食べてきた。
キャッサバは「Q」という名を捨て、
「モチモチ」という日本語の仮面を被り、
この国で完全に市民権を得ている。






