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高雄85大樓の再生への道のりについての記録

高雄のどこからでも見えるその塔は、
「高」という文字を模して設計されたという。

かつて台湾一の高さを誇った、85大樓(85 Sky Tower)。

遠景で見れば、
それは今も港都の王として君臨しているように見える。

だが足元に立つと、
奇妙な静寂に包まれていることに気づく。

展望台へのエレベーターは止まり、
かつての百貨店エリアは封鎖されている。

この巨大な塔の内部では、
低層階が空洞化し、
中層階は用途が定まらないまま、時間だけが堆積している。

死因は、コンクリートの劣化ではない。

「所有権」という、
目に見えない血管がズタズタに千切れてしまったことにある。


ガバナンス不全という病

85大樓は、
かつて東帝士グループが夢見たアジアの摩天楼だった。

だがアジア通貨危機の荒波の中でグループが解体すると、
この巨塔に対して行われたのは、
最も安易で、最も残酷な処理だった。

切り売りである。

フロア単位、
あるいは部屋単位で債権が投げ売られた結果、
数千人のオーナーが混在する、管理不能な巨大な共同体が生まれた。

誰か一人が直そうとしても、
合意形成は不可能である。

これは不動産における典型的な「共有の悲劇」であり、
建物が生きているのに死んでいる、
ゾンビ化への最短ルートだった。


世界が示した三つの処方箋

同じように、
スラム化、あるいは機能不全に陥った超高層ビルは、
世界にも存在している。

それらが辿った解決策は、
大きく三つに分類できる。


力による再集権化

ヨハネスブルグ・ポンテ・シティ

南アフリカのヨハネスブルグに立つ「ポンテ・シティ」は、
1970年代に建設された円筒形の超高層住宅だった。

だがアパルトヘイト崩壊後、
治安悪化とスラム化が進み、
一時はギャングと違法居住者に占拠される状態に陥った。

ここで取られた手法は、
開発会社が圧倒的な資本力を背景に、
部屋単位の所有権を一つずつ買い集め、
再び単独オーナーへ戻すというものだった。

民主的な合意形成は捨てられ、
速度と実行力が優先された。

権利は力で回収され、
ビルは再び一つの主体に統合された。


美による上書き

ロンドン・トレリック・タワー

ロンドン西部に立つトレリック・タワーは、
ブルータリズム建築の象徴として知られる。

かつては犯罪と荒廃のイメージを背負い、
危険な公営住宅として忌避されていた。

だが時代が変わり、
この無骨なコンクリートの造形が
建築的価値として再評価されると、
ビルの意味そのものが書き換えられた。

犯罪の温床だった場所は、
やがて建築好きの富裕層にとっての
ステータスシンボルへと転換していった。

物理的な構造は変えず、
意味とブランドだけを書き換えるという方法である。


法による強制執行

日本の区分所有法制

日本では、
区分所有建物が老朽化し、
所有者間の合意が取れなくなった場合に備え、
「マンション建て替え円滑化法」が整備されている。

この制度では、
全員一致という幻想を捨て、
一定の多数決によって
建て替えや権利変換を強制的に実行できる。

民間の膠着状態に対して、
国家が法の力で介入する仕組みである。


高雄が選んだ「第4の道」

では、85大樓はどの道を歩んでいるのか。

答えは、
そのどれでもない。
いや、どれも選べなかった、という方が近い。

ここで進んでいるのは、
華々しい再生劇ではない。

警察の常駐による違法風俗の排除。
海覇王グループによる高層部の競売取得。
行政によるスタートアップ拠点の設置。

治安、資本、産業。

これらを組み合わせた、
極めて地味で、終わりの見えない消耗戦である。

一発逆転の魔法はない。

腐敗した部分を少しずつ削ぎ落とし、
正常な細胞を少しずつ移植する。

それは都市再生というより、
延命治療に近いのかもしれない。


失敗の記念碑か、再生の実験場か

19階に設けられたスタートアップハブには、
AIやIoTを掲げる若い企業が入居している。

かつてバブルの夢が詰まっていた場所に、
今はデジタル産業が根を張ろうとしている。

85大樓は、
単なる失敗作ではない。

高度経済成長の後始末をどうつけるかという、
高雄という都市が突きつけられた、
巨大で立体的なケーススタディである。

この塔が再び輝くのか、
あるいは静かに眠り続けるのか。

その結末はまだ、
誰の権利書にも書かれていない。

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