―― 帝国の南端、世界の始発駅 ――
MRT哈瑪星駅(旧・西子湾駅)を出ると、
高雄の街にしては異様なほど、視界が開ける。
建物はない。
舗装もない。
あるのは、どこまでも続く芝生だけだ。
だが足元をよく見ると、
草の下から鉄が浮き出ている。
一本や二本ではない。
無数のレールが、地表を走っている。
ここは公園ではない。
かつて38本もの線路が並び、
昼夜を問わず貨車が出入りした
高雄港駅
――通称「旧高雄駅」の跡地である。
今、そのレールの上で、
子どもが凧を揚げている。
鉄の時代は終わり、
風の時代が始まった。

東京から伸びたレールの、最南端
1908年。
台湾縦貫鉄道が全線開通する。
日本本土から船で基隆へ渡り、
そこから汽車に乗って南下する。
その物理的な終点が、ここだった。
東京駅から切符を買って、
理論上、辿り着ける最も遠い場所。
ここは当時の日本地図における
「帝国の南の果て」だった。
線路はここで終わる。
その先には、もう海しかない。
到達の達成感と、
行き止まりの哀愁が、
同時に存在する場所だった。
世界へ向かう、始発駅
だが、この場所は
単なる終点ではなかった。
人にとっては終点でも、
貨物にとっては始発駅だった。
台湾各地から集められた
砂糖、米、檜(ヒノキ)。
それらはここで列車を降り、
すぐ横の岸壁から船に積まれる。
駅と港が直結する
水陸連絡。
この構造こそが、
高雄という都市が生まれた理由だった。
この駅が脈打つことで、
台湾の富は血流のように
日本へ、そして世界へ流れていった。
線路はここで切れている。
だが視線は、その先の海――
南洋を向いていた。

主役を降りた駅の、その後
1941年。
現在の高雄駅が、内陸に開業する。
ここで旧駅は、
旅客という表舞台の役割を終える。
以降は、貨物専用。
目立たないが、不可欠な仕事。
華やかな中心は譲り、
自分は裏方として働き続ける。
そして2008年。
貨物駅としての機能も停止した。
100年にわたる稼働が、
静かに終わった。
錆びた鉄路と、白い未来
敷地内には、
保存されたホームや
蒸気機関車が残る。
だが最も象徴的なのは、
すぐ脇を走るLRTだ。
音もなく、
白く、軽やかに滑っていく。
重く黒い、過去の鉄道。
軽く白い、未来の鉄道。
二つが同時に視界に入ることで、
この場所が
役目を終えたことが、
はっきりと示される。

任務完了の、安らぎ
かつてここには、
汽笛と怒号と、蒸気の熱があった。
今あるのは、
草の匂いと、
子どもの笑い声だけだ。
それは「廃墟」と呼ぶには、
あまりに穏やかだ。
旧高雄駅は、
捨てられたのではない。
国家プロジェクトという重荷を降ろし、
長い任務を終え、
静かに眠っている。
芝生に浮かぶレールは、
この島を近代化させた老兵の、
浮き出た血管のように見えた。



