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台湾のQの錬金術についての記録

熱々のタピオカを一口噛んだときの、あの弾力。
しかしそれは、時間とともに確実に失われていく。

少し冷めただけで硬くなり、
冷蔵庫に入れれば、もはや別物になる。

本来のデンプンとは、そういう性質を持つ物質だ。

それでも私たちは、
「いつでも」「どこでも」「同じQ」を欲しがった。

この欲望こそが、
台湾の食品産業を、
台所から化学実験室へと押し出していく。


天然デンプンの限界

サツマイモ粉やタピオカ粉は、
加熱直後こそモチモチだが、冷えると急速に硬化する。

この現象は「老化」と呼ばれる。
デンプン分子が再結晶化し、
秩序を取り戻そうとする動きだ。

家庭料理なら問題はない。
だが、テイクアウトや大量生産の世界では致命的だった。

作ってから数時間後に食べる。
冷蔵保存する。
広域に流通させる。

こうした条件下では、
「茹でたてしか美味しくないQ」は使い物にならない。

市場が求めたのは、
冷めても、時間が経っても、
硬くならない弾力だった。


魔法の白い粉

答えは、食品化学の中にあった。

分子構造を加工し、
老化しにくくした「修飾澱粉」。

これを少量加えるだけで、
食感は劇的に安定する。

パンは翌日も柔らかい。
タピオカは氷水に浸しても、
モチモチを保つ。

台湾の屋台、食品工場、コンビニ商品。
あらゆる場所で、この白い粉は使われるようになった。

それは、
職人の勘を不要にし、
Qを工業製品に変える技術だった。


欲望の暴走

2013年、この錬金術は破綻する。

一部の業者が、
より強い弾力とコスト削減を狙い、
工業用原料を不正に混入させていたことが発覚した。

その正体は、
順丁烯二酸(マレイン酸)

本来は、
樹脂や塗料に使われる工業用原料だ。

これを混ぜるだけで、
デンプンは驚異的な弾力を持ち、
決して煮崩れなくなる。

業者はそれを、
「魔法の粉」と呼んで売りさばいた。

対象となったのは、
肉団子、芋団子、米麺、
そしてタピオカ。

台湾中の「Q食品」が、
一斉に回収される。

人々は初めて、
自分たちの好物の正体と向き合うことになった。


死なないQ

そのタピオカは、
不気味なほど優秀だった。

冷蔵庫に入れても、
翌日になっても、
ゴムボールのような弾力を保ち続ける。

それは老化しないのではない。
「死なない体」を与えられたのだ。

自然界には存在しない挙動。
時間を拒否する食感。

あれは、
ゾンビのようなQだった。


揺り戻しの時代

事件以降、台湾のQは二極化する。

一方では、
「冷やすと硬くなります」
「賞味期限2時間」と正直に語る天然派。

もう一方では、
利便性と安定性を優先する工業的Q。

どちらが正しい、という話ではない。
ただ、消費者は選択するようになった。

便利なQか。
儚いQか。


Qとは何だったのか

本当に美味しいQは、
そもそも長持ちするものではなかった。

茹でたて数分。
その一瞬だけ存在する、
時間制限付きの快楽。

それを永遠に閉じ込めようとした瞬間、
Qは文化から工業製品へと姿を変えた。

コンビニで柔らかいパンを噛むとき。
私たちは、
化学の勝利と、
その小さな代償を、同時に味わっている。

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