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台中MRTという未完成の背骨についての記録

台中MRTは、初めて乗ると少し拍子抜けする。
路線は一本だけ。地下ではなく高架。
駅は新しく、清潔だが、どこか余白が多い。

台北や高雄のような「都市の血管」という感じはまだ薄い。
それでも、この中途半端さは偶然ではない。
台中という都市が辿ってきた歴史を、そのまま反映している。


鉄道都市・台中の出発点

台中は、もともと「鉄道の街」だった。

日本統治時代、
台湾縦貫鉄道の中枢拠点として整備され、
車両工場や操車場が置かれた。

今も残る旧台中駅舎や、
広い鉄道用地は、その名残だ。

つまり台中にとって、
公共交通の主役は長らく台鉄であり、
都市内部を細かく移動する地下鉄は、
必須の存在ではなかった。


自動車都市としての成長

戦後、台中は別の方向に伸びる。

機械工業、精密加工、
中小工場の集積。
それを支えたのが、自動車と広い道路だった。

台中の街路は直線的で、幅が広い。
交差点も大きい。
都市のスケール感が、
最初から「車前提」で設計されている。

この時点で、
地下鉄を必要とする都市条件は、
あまり揃っていなかった。


幻のBRTと都市の挫折

台中が最初に選んだ解決策は、
MRTではなくBRTだった。

専用レーンを走るバス。
低コストで、柔軟。
理屈としては正しかった。

しかし現実は違った。

信号制御の不備、
一般車との交錯、
市政交代による方針転換。

BRTは短期間で機能不全に陥り、
市民の記憶には
「失敗した交通政策」として残った。

この経験は、
台中にとって大きなトラウマになる。


ようやく動き出したMRT計画

BRTの挫折後、
ようやくMRT計画が現実味を帯びる。

だが、スタートは遅かった。

設計変更の繰り返し。
建設中の事故。
試運転中のトラブル。

台中MRT(緑線)は、
何度も開業延期を重ね、
2021年になってようやく全線開業する。

この「遅さ」もまた、
台中らしい。


台鉄・台中駅を通らないという選択

台中MRTの緑線は、
都市の中心にある台鉄・台中駅を直接は通らない。

これは直感に反する設計だが、
偶然ではない。

台鉄台中駅周辺は、
長く鉄道の街として機能してきた一方で、
再開発が難しいエリアでもあった。

既存線路が重なり合い、
工事による影響も大きい。

そのためMRTは、
あえて少し東側を通り、
北屯から烏日を結ぶ
新しい都市軸を選んだ。

結果としてMRTは、
既存中心部を補強するのではなく、
都市の重心を少しずつずらす役割を担う。


高架という選択

台中MRTは地下を走らない。
ほぼ全線が高架だ。

これはコストの問題だけではない。

地盤条件。
広い道路。
低密度な市街地。

地下に潜る必然性が、
台北ほど強くなかった。

結果としてMRTは、
都市を貫く血管ではなく、
地表の上をなぞる補助線になった。


再開発と結びついた路線設計

このルート選択は、
都市再編とも連動している。

台中市は、

台鉄の高架化。
旧駅周辺の段階的再開発。
新市街地への機能分散。

これらを同時並行で進めてきた。

MRTが台鉄駅を避けたことで、
都市を一気に作り替えるのではなく、
時間をかけて移行する余地が生まれた。


乗客の少なさが語るもの

開業当初、
台中MRTは「空いている」と言われた。

だがそれは失敗というより、
前提条件の違いだ。

バイク移動が主流。
車社会が根強い。
生活圏が分散している。

MRTは、
すべてを置き換える存在ではない。

通勤ラッシュもない。
急かされる空気もない。
それが、この路線の性格だ。


今後の計画という未確定要素

現在、台中MRTは緑線のみだが、
将来的には複数路線の構想がある。

港と市街地を結ぶ藍線。
郊外を補完する橙線や紫線。

ただし、
これらは一気に実現する計画ではない。

需要と財政を見ながら、
段階的に検討する。

作りすぎない。
急がない。

それが台中の交通計画の前提になっている。


未完成であることの意味

台中MRTは、
最初から完成形を目指していない。

台鉄中心の既存構造。
車社会としての現実。
分散型の都市成長。

それらを前提に、
後から足せる余地を残したまま走っている。

台鉄台中駅を通らないという選択も、
その延長線上にある。

都市を一気に作り替えない。
まず置いてみる。
必要になれば、次を考える。

高架を走る静かな車両は、
この街が急がないことを、
そのまま示しているように見える。

都市には、それぞれの速度があるということだろう。

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