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台北MRT(捷運)についての記録

台北MRTの床は、やけに白い。
ゴミ箱が見当たらないのに、ゴミも落ちていない。

地上に出れば、夜市の油煙とバイクの排気音がある。
地下だけが、切り取られたように静かだ。

この落差は、偶然ではない。
この秩序は、最初から与えられたものではなかった。

むしろ、何度も壊れかけた都市が身につけた、
一種の免疫反応のように見える。


フランスに見捨てられた路線

最初に建設された文湖線は、台北MRTの中でも少し異質だ。
車両は小さく、ゴムタイヤで走る。

この違和感には理由がある。

当初、システムを請け負ったフランス企業は、
度重なるトラブルの末に撤退した。
台北に残されたのは、動かない車両と解析不能なブラックボックスだった。

街は、交通暗黒期に入る。

最終的に、台湾の技術者たちは
システムを一から読み解き、自力で統合し、開業にこぎつけた。

文湖線の仕様は、その苦闘の痕跡だ。


台北駅が水没した日

2001年、納莉台風。
想定を超える豪雨で、地下鉄網は巨大な水路になった。

台北駅のホームは完全に沈み、
中枢機能も停止する。
復旧には、三か月を要した。

今、MRTの入口にある高い段差や
要塞のような防潮扉は、装飾ではない。

あれは、都市の血管を二度と溺れさせないための
物理的な防衛線だ。


青いコインというインターフェース

台北MRTの1回券は、紙ではない。
青いプラスチックのコインだ。

入場時は、センサーにかざす。
出場時は、投入口に落とす。

同じ物体で、
「タッチする」と「入れる」という異なる動作を完結させている。

この設計は、説明を必要としない。
初めてでも、身体が先に理解する。

回収され、再利用される。
おもちゃのようでいて、極めて合理的だ。

UIは目立たないほど、よくできている。
この青いコインも、その一例に見える。


飲食禁止という結界

改札前に引かれた黄色い線。
水一滴飲むことすら許されない。

美観のためではない。
本当の敵は、ネズミとゴキブリだ。

高度に自動化された地下システムにとって、
ケーブルを齧る生物は致命的になる。

食べこぼしという兵糧を断つ。
地下を、生物にとっての不毛地帯にする。

厳しい罰金は、
清潔さのためではなく、システム防衛のコストだ。


台湾社会の成り立ちを示すアナウンス

車内アナウンスは、常に忙しい。
北京語、台湾語(閩南語)、客家語、英語。
最近は、日本語も加わった。

短くはない。
むしろ、意図的に長い。

この冗長さは、非効率に見える。
だが、それを削らないところに意味がある。

一つの言語に統一しない。
誰かを「例外」にしない。
すべてを地下に連れてくる。

この放送の長さ自体が、
台湾という社会が持つ多層性の表明になっている。

移動のたびに、
この島が単一ではないことを思い出させる仕組みだ。


白さの下にあるもの

私たちが通過する、この白い空間は、
泥とトラブルの上に積み上げられている。

改札でトークンをかざすと鳴る、短い電子音。
あれは、危機を越えて稼働し続ける
システムの心音のようにも聞こえる。

台北MRTの清潔さは、
無垢さではなく、記憶の結果なのかもしれない。

■ 参考記事リスト

■ 台湾の移動システム(網羅的な解説)


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