―― 交差点の赤い看板の前であれこれ悩む ――
正忠排骨飯に入ったら、まず排骨飯。
それはもう、議論の余地がない。
店名になっているし、看板にも大きく書いてある。
初見の人に「何を頼めばいい?」と聞かれたら、とりあえず排骨飯と答えるのが正しい。
だから、この話も排骨飯から始めるべきだと思う。
まずは排骨飯、という前提
正忠の排骨飯は完成度が高い。
衣のない黒い排骨。
南部らしい、はっきりした甘さ。
ご飯が進むように設計された味。
台湾人にとっては、これでいい。
むしろ、これでなければならない。
ただ、何度か食べていると、少しだけ気になる点が出てくる。
「甘さ」が主張しすぎる瞬間
排骨飯は、甘い。
しっかり甘い。
南部の味としては正しいし、意図も明確だ。
でも、日本人の味覚で考えると、
一食まるごとこの甘さと向き合うのは、やや重たい。
最初の数口は美味しい。
ただ、後半になると、味変の逃げ場が少ない。
ここで一度、立ち止まる。
日本人の感覚で考え直す
「台湾らしさ」だけでなく、
「日本人が無理なく最後まで食べられるか」という視点で見ると、
排骨飯は少しストレートすぎる。
甘さを和らげる手段が、副菜にほぼ委ねられている。
主役側での調整がきかない。
そこで、別の選択肢を考え始める。
じゃあ、控肉飯(コンローハン)はどうか
次に頭に浮かぶのが、控肉飯だ。
魯肉飯が日本人に広く受け入れられていることを考えれば、
その延長線上として、控肉飯を選ぶのは自然に見える。
実際、甘辛いタレと脂身の組み合わせは親しみやすい。
ご飯との相性もいい。
ただ、正忠の焢肉飯を思い浮かべると、少し違和感が残る。
一食としては、脂が強すぎる
控肉飯は、悪くない。
でも、あれは「小腹が空いているとき」にちょうどいい料理だと思う。
三枚肉の脂は、少量なら幸福だが、
一食分として向き合うと、後半で確実に重くなる。
しかも、排骨飯と同様、
味の方向性が最初から最後まで変わらない。
がっつり食べたい気分のときほど、
この単調さが気になってしまう。
そこで浮上する、炸雞腿飯
目に入るのが、炸雞腿飯(ジャージートゥイファン)。
骨付きの鶏もも肉が一本、どんと載っている。
味付けはシンプル。
甘さは控えめで、脂と塩気が中心。
排骨飯ほど「台湾南部!」と主張してこない分、
食べ手に委ねられる余白がある。
味変を副菜に任せられるという強さ
炸雞腿飯の良さは、単調さにある。
良い意味で、味が暴れない。
だから、副菜が生きる。
酸味のある漬物。
ニンニクの効いた青菜。
油っこいものと交互に食べるリズム。
排骨飯は主役が強すぎるが、
炸雞腿飯は、食卓全体を成立させる。
正忠という店に、一番合う選択
正忠排骨飯は、
早くて、安くて、腹いっぱいになる店だ。
その思想を一番素直に体現しているのは、
実は排骨ではなく、炸雞腿飯だと思う。
正忠排骨飯に来たら、まず排骨飯。
それは間違いない。
でも、
「日本人の味覚で」「最後まで気持ちよく」食べたいなら、
選ぶべきは、炸雞腿飯だ。
考えた末にそこに落ち着く、
とりあえず今日はそうだった。

