―― 飛行機のドアが開いた瞬間に漂うもの ――
台湾に着くと、まず鼻が反応する。
空気の湿度でも、街のざわめきでもない。
「八角の香り」だ。
ターミナルの通気口、空港駅の売店、どこかで温まっている滷味。
あの甘くスパイシーで、少し薬草のような香りが混じった匂いが、
旅人に最初の台湾らしさを知らせてくる。
日本がどこか醤油の匂いをまとった国なら、
台湾は、ゆるやかな八角のベールに包まれた島だ。
香りで理解するスパイス
八角(スターアニス)。
科目でいえば木蓮の仲間だが、その香りはまるで別物だ。
・甘い
・スパイシー
・薬草的
・温かい
これらを同時に放つ、かなり“主張の強い”香りである。
中国圏では古くから、肉の臭み消し、薬膳、保存食…
実に幅広く使われてきた。
とりわけ台湾料理では、八角は単なるスパイスではなく
「味の記憶」として機能している。
清代から続く「五香」の文化
八角は単体で使われることもあるが、
本質的には「五香(ウーシャン)」の一部として伝わっている。
五香とは:
・八角
・シナモン
・花椒
・クローブ
・フェンネル
これらを組み合わせた香りの体系だ。
明・清代の薬膳文化、保存技術、そして街角の屋台料理を通じて、
台湾に根付いていった。
その背景には、湿度の高い亜熱帯気候がある。
肉の臭みを抑え、変質を防ぎ、香りで“包む”。
こうした実用的な理由が、八角を“生活の香り”へ押し上げた。
嫌いになる理由、好きになる理由
八角の反応は極端だ。
初めて嗅ぐ人には「薬っぽい」「クセが強すぎる」と敬遠されることも多い。
しかし、滞在が長くなると不思議な変化が起きる。
朝、出勤途中に香る滷味の匂い。
コンビニ弁当の温め機から漂う甘いスパイス。
夜市の牛肉麺屋の湯気。
これらが、台湾で暮らす人の日常を形づくり、
やがて故郷の匂いになっていく。
人は香りで記憶し、香りで故郷を思い出す。
八角はその最たる例だろう。
台湾と日本:匂い文化のコントラスト
あなたが台湾に降り立って八角の匂いを感じるのと同じように、
台湾人が日本に降り立つと、まず気づくのは醤油の匂いだ。
国の匂いは、その国の調味料の匂いだ。
台湾は八角と五香。
日本は醤油と鰹節。
どちらも料理そのものだけでなく、
その国の日常の空気として漂う。
こういう文化的な匂いの違いは、
ガイドブックにはまず載らないが、
旅の印象を決定づける非常に大きな要素だと思う。
八角は台湾という国そのものの香り
台湾の八角は、単なるスパイスではない。
歴史、気候、生活文化、屋台の風景、人の記憶…。
それら全てを内包した「台湾の香り」そのものだ。
飛行機を降りた瞬間に届くあの甘いスパイスの風。
あれは、台湾という国が旅人に向けて送る
「ようこそ」という無言の合図なのだ。
…と、空港MRTに乗りながらぼんやり考えていた。
駅で降りれば、また滷肉飯が迎えてくれるだろう。
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