―― 最も基本的なスープの一つ ――

台湾の食卓で、最も基本的なスープの一つが貢丸湯だ。
透明な豚骨スープに、灰色がかった豚肉団子が浮く。
薬味はセロリと白胡椒。余計なものは入らない。
見た目は極めて静かだ。
澄んだ液体の中で、団子はほとんど動かず、沈まず、ただ浮いている。
だが、この料理の主役は、見た目では判断できない。
団子の中身でも、スープの旨味でもない。
歯に返ってくる、あの反発だ。
日本のつみれのように崩れない。
噛むと、押し返してくる。
この感触を、台湾では「Q」と呼ぶ。
「叩く」という技法
「貢丸」の語源には、叩くという意味が含まれる。
包丁で刻むのではなく、
木の棒でひたすら叩く。
肉の繊維がほどけ、
粒子が揃い、
ペーストに近づくまで続ける。
伝承では、舞台は新竹。
歯の弱った母のために、
息子が肉を叩き続けたという話が残る。
真偽はさておき、
重要なのは技法そのものだ。
切るのではなく、叩く。
繊維を断ち切るのではなく、絡ませ直す。
それが、あのQを生む。
「音」としてのQ
箸で掴むと、貢丸は思った以上に固い。
表面は滑らかだが、内部に詰まった密度が、
そのまま指先に伝わってくる。
スーパーボールのようだ、
と感じる人もいるかもしれない。
だが、本番は歯を入れた瞬間だ。
「プツッ」とも「パリッ」とも言い切れない音が、
口の中ではなく、頭蓋骨の内側で鳴る。
繊維が一斉に断裂する感触。
ただ柔らかいわけでも、ただ弾むわけでもない。
この脆(ツイ)と呼ばれる抵抗感。
伸びず、粘らず、押し返したあとに切れる。
この音と感触こそが、
新竹の貢丸が目指した到達点なのだろう。

断面に残る、叩かれた痕跡
噛みちぎった断面を、意識して見てみる。
そこには、無数の小さな気泡が閉じ込められている。
叩かれる過程で抱き込まれた空気だ。
均一に混ざり込み、スポンジのような構造を作っている。
その空隙が、
スープと脂を吸い込み、
熱を保持する。
噛むたびに、
その気泡から熱いスープが滲み出し、
豚の脂と混ざり合う。
工場生産品であっても、
出来のいい貢丸には、この内部構造がある。
Qは、偶然ではなく、設計の結果だ。
均一という違和感と、工場の役割
台湾各地で貢丸湯を飲む。
台北の路地でも、南部の市場でも。
そこで気づく。
どこで食べても、ほとんど同じなのだ。
味も、食感も、誤差がない。
手作り料理にありがちなブレが見当たらない。
最初は不思議に思う。
だが、理由は明確だ。
今、多くの店は肉を叩いていない。
その重労働は、工場に移された。
新竹には、
海瑞や
進益といった
専門メーカーがある。
彼らが作るのは、冷凍された完成品の貢丸だ。
店はそれを仕入れ、茹でて、盛り付ける。
工程は簡潔だ。
これは手抜きではない。
均一なQを、
いつでも、
どこでも、
安価に提供するためのインフラだ。
セロリと白胡椒の役割
豚の脂が強すぎると感じたとき、
セロリ(芹菜)の出番が来る。
あの青臭さと、
白胡椒の鋭い刺激。
それらが、
口の中に張りついた油膜を一瞬で切り裂き、
感覚をリセットしてくれる。
このスープにおいて、
セロリは飾りではない。
白胡椒も、風味付けではない。
脂を制御するための、機能部品だ。
貢丸湯は、驚かせる料理ではない。
感動を狙ってもいない。
ただ、いつも同じ形で、そこにある。
透明なスープの中で、
団子は静かに浮いている。
それが、この料理の完成形だ。









