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騎楼(チーロウ/亭仔脚)についての記録 | 台湾

歩いていると、ふと気づく。
台湾の商店街には、どこまでも「日陰」が続いている。
建物の1階が奥へ引っ込み、その前に屋根のような通路が伸びていく。
騎楼(チーロウ/亭仔脚)。
雨と陽射しの強いこの島では、ごく当たり前に存在する風景だ。


建築化された「傘」

台湾の騎楼は、単なる庇ではない。
建物の2階部分を道路側に張り出させ、1階を通路として開く。
歩く人のための、都市に組み込まれた巨大な傘である。

雨季のスコールは突然で、夏の太陽は刺すように強い。
その両方から身を守るために、街そのものが「屋根」を提供する。
清朝期の亭仔脚に遡るこの考え方は、日本統治時代に法制度として整えられ、主要道路沿いでは義務化されるほど広まった。

こうして、台湾の街には「歩く」という行為を守るための構造が、建築のレベルで埋め込まれた。


私有地なのに、みんなの道

騎楼には、少し不思議な性質がある。

土地としては、ビルのオーナーの私有地だ。
しかし法律は、そこを通行のために開放することを求めている。
人々が自由に歩くためのスペースでありながら、所有者が管理する場所でもある。

この二重構造は、街に特有の曖昧さを生む。
「自分の土地だ」と主張しながらも、「まあ通れば」と自然に許容する。
公共と私的が完全に分かれず、じわりと混じりあっている。

台湾の街にある独特の柔らかさは、この曖昧さの上に乗っている。


継ぎ接ぎの歩道

騎楼を歩くと、段差や素材の違いが頻繁に現れる。
きれいに舗装された部分のすぐ隣に、ツルツルの大理石があり、さらにその隣にはざらついたコンクリートが続く。
すべてが私有地のため、オーナーの判断で統一感がない。

隣の建物との間に10〜20センチほどの段差があることも珍しくない。
歩行者は、足元に常に注意を払うことになる。
流れるように歩くのではなく、刺激が連続する短い冒険のようだ。

街全体が一枚の床ではなく、個人の領域が縫い合わせられたパッチワークになっている。


占拠される日常

本来は通路であるはずの空間が、生活に侵食されていく。

雨に濡れない最高の場所として、バイクが整然と並ぶ。
小吃店は椅子やテーブルを並べ、時には厨房の一部まで外に出してしまう。
八百屋の棚、修理屋の作業台、子どもの遊び場。
境界線を気にする気配はあまりない。

歩行者は、熱い鍋のそばや、座って食事する人の横をそっと抜けていく。
この緩さは、規制の欠如というより、街の側が生活の勢いを拒まないことの結果だ。


半屋外という、台湾のやさしさ

騎楼は、家でもなく、道路でもない。
その中間にある「半屋外」の空間だ。
雨宿りにも、雑談にも、商売にも、生活にも使える。
人が勝手に集まり、勝手に使い、誰も強く咎めない。

境界線をあえて曖昧にしたままにしておく。
その緩衝地帯で、人は少し寛容になり、街は少し優しくなる。

台湾の都市をゆっくり歩くとき感じる「気楽さ」は、
この騎楼という日陰の帯が、生み出しているのだと思う。


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