MENU

台湾の紅豆についての記録|辺境のルビー

「Q(弾力)」が台湾の食文化を支配している。
そう言われているが、実はもう一つ、対極に位置する食感がある。

それが「綿(ミェン)」、あるいは「沙(シャー)」と呼ばれるものだ。
口に含んだ瞬間、形を保てず、ほろほろと崩れ、舌の上に静かに残る粉感。
弾くのではなく、溶ける。抵抗ではなく、鎮静。

この「綿」の王者こそが、台湾の紅豆(あずき)である。


「萬丹(ワンダン)」と書かれる理由

台湾のドリンクスタンドや車輪餅の屋台で、「紅豆」の横に必ず添えられる二文字がある。
萬丹。

屏東県にあるこの小さな町は、台湾における紅豆の代名詞だ。
理由はロマンではなく、極めて現実的な農業設計にある。

萬丹では、米の収穫後に小豆を植える「裏作」が長年続けられてきた。
強烈な南国の日差し、水はけの良い砂地、短期集中で育つ栽培サイクル。
その結果生まれるのは、皮が薄く、大粒で、煮崩れしやすい豆。

つまり、「綿」になりやすい豆だけが、ここで量産された。

ブランドとは物語ではなく、再現性の集合体だ。
萬丹はそれを、気候と土地で作ってしまった。


「相思豆」という美しい誤解

中華圏で小豆は「相思豆」とも呼ばれる。
想い人を待つ豆。恋の象徴。

だが、王維の詩に登場する「紅豆」は、実は食用の小豆ではない。
毒を持つ別種の植物だ。

それでも、この誤解は修正されなかった。
台湾では、小豆は祝い事に供され、甘い紅豆湯は「幸福の予告」として飲まれる。

正確さより、意味が勝った例だ。
食文化は、しばしばこうして文学を取り込む。


抹茶との再結合

萬丹紅豆は、しばしば抹茶と組み合わされる。
日本統治時代に持ち込まれた「宇治金時」の記憶が、台湾的に再解釈された形だ。

ただし、台湾のそれは繊細ではない。
砂糖は多く、小豆は大粒、抹茶は苦味より色と香りの役割に徹する。

高温多湿の環境で、即効性のある甘さと満腹感を与える設計。
これは和菓子ではなく、熱帯仕様のエネルギー補給食である。


豆がスープになる社会

欧米では、豆は塩味で煮込まれる。
日本では、餡になる。

台湾では、豆はスープになる。
紅豆湯、紅豆牛乳冰、さらには砂糖を入れない「紅豆水」。

若者がタピオカで顎を動かすなら、
大人は紅豆で心拍を落とす。

弾く食感の時代に、溶ける豆が生き残った理由はそこにある。

萬丹のルビーは、噛ませない。
ただ、静かにほどける。


よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次