―― 台湾の食卓にだけ存在する「止まる醤油」 ――
台湾で魯肉飯を頼んだとき、店先に並ぶ調味料を眺めていると、必ず見慣れないボトルに出会う。
醤油に見えるのに、傾けてもすぐには落ちてこない。
チェーンソーオイルのような粘度。
あれこそが、台湾の味を裏側で支える醬油膏だ。
舌に乗せると、まず甘い。
次にじわりと旨みが来る。
そして驚くほど控えめな塩気。
「醤油」という日本語から想像する味とは、まったく別の方向に進化している。
醍醐味は粘度にある
醬油膏=台湾式のとろみ醤油。
原材料
醤油
砂糖
澱粉(タピオカ粉など)
香辛料少々
この澱粉によるとろみが、料理との絡み方を決定的に変えている。
日本の醤油が「浸す」ものなら、醬油膏は「貼り付ける」調味料だ。
役割
味付けであり、コーティングであり、最後の艶出し。
台湾料理の多くが写真映えするのは、実はこの粘度のおかげでもある。
砂糖の文化が育てた甘味
台湾の醤油文化は、日本統治時代にベースが整った。
しかし、戦後に台湾の甘味文化が爆発的に広がり、醤油にもその波が押し寄せた。
サトウキビ産業が盛んだった時代、砂糖は贅沢品ではなかった。
魯肉飯の甘さ、麺線の甘さ、醤油の甘さ。
その延長線上に、醬油膏の極端な甘味と粘度がある。
つまり醬油膏は、
台湾の食文化が自ら生み出した独自フォーマット
と言える。
かける、塗る、和える
醬油膏が登場する料理は驚くほど多い。
・滷味(ルーウェイ)
煮込み料理の上にとどまり、具材に甘い艶を出す。
・魯肉飯
卓上の醬油膏を少しだけかけると、肉そぼろの輪郭が立つ。
味のノリが変わる瞬間。
・揚げ物
カキフライの台湾版「炸蚵仔」など、衣に絡む粘度が最高に合う。
・豆腐
台湾の絹豆腐(板豆腐)は水分が多く、普通の醤油だと薄まる。
そこで醬油膏が味を固定する役割を担う。
醬油膏は、台湾料理にとって
「重力に負けない調味料」
という実務的な意味を持っている。
台湾の味はとろみに宿る
台湾料理をじっくり観察すると、甘さと粘度が支配していることに気づく。
醬油膏は、その象徴的存在だ。
とろみがあるから、味が乗る。
甘さがあるから、記憶に残る。
台湾の街角で魯肉飯を食べるたび、私は思う。
「この一滴が台湾の味そのものなんだな」と。
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