―― 台湾の看板にひっそりと残る、38番目の文字について ――
台湾を歩いていると、漢字の海の中に、ぽつんと「の」が浮かんでいることに気づく。
阿明の店
媽媽の廚房
茶の魔手
日本でも中国でもない場所で、ひらがなの「の」だけが、不思議な居場所を確保している。
その違和感は、やがて親しみへと変わっていく。
今日は、この「の」がどこから来て、どのように生き延びてきたのかを、街角を歩くように静かに辿ってみたい。
日本語教育が残した助詞の影
台湾には、ひらがなを読める高齢者が一定数いる。
戦前の日本統治期、学校では日本語で教育が行われ、
その中でも「の」は最も簡単で、最も頻繁に使われる助詞だった。
戦後、世代が変わっても、
漢字文化圏に馴染む“丸い文字”として、違和感なく街角に残ったのだろう。
そして、中国語の所有格「的(de)」も、文語の「之」とも、
日本語の「の」と文法的にほぼ同じ位置にある。
「阿明の店」は「阿明的店」と同義だ。
置き換えが容易だったことも、この助詞が生き延びた理由のひとつだと思う。
画数1の強さ
看板の世界では、見やすい文字が勝つ。
繁体字は画数が多く、遠くから見ると密度が上がる。
その中に、たった一筆の“の”があると、看板の表情に揺らぎが生まれる。
「密度の高い漢字」と「ひらがなの丸み」の組み合わせ。
これは視線を引く。
看板職人やデザイナーは、やがて“の”を記号として使い始めた。
文法を担わせる必要はなく、ただそこに置くだけで、
看板に余白が生まれるからだ。
台湾の街並みに特有の、あの独特のリズムは、
こうして作られていったのかもしれない。
日本風であることの意味
1980〜90年代、日本のポップカルチャーが台湾に流れ込んだ。
当時の若者は「日本のもの=洗練」のイメージを持っていた。
このイメージが看板にも移植される。
商品の品質に日本は関係なくても、
「の」を使うことで、少しだけ“おしゃれ”に見える。
そんな“日本的な空気”をまとうための小さな装置として、
のはゆっくりと浸透していった。
茶の魔手
植物の優
これらは、もはや哲学的な意味ではなく、
“ブランドイメージを整える道具”としての「の」だ。
台湾の文字体系に吸収された「の」
いま台湾では、誰も「これは日本語だ」と改まって意識しない。
看板を読むとき、
ある人は“的(de)”と中国語風に、
ある人は“の(no)”と日本語風に読む。
どちらでも意味は伝わる。
それほど日常に溶け込んでいる。
冗談めかして「38番目の注音符号」と呼ばれることもある。
台湾の発音記号(ボポモフォ)は37個だが、
そのすぐ隣に“の”が置かれている、という感覚だ。
街の看板にひっそりと紛れ込んだ「の」は、
歴史とデザインと文化が混ざり合って生まれたんだと思う。
日本語の名残であり、
看板のアクセントであり、
そしてブランドの記号でもある。
それはただの文字ではなく、
街の時間と、人々の感覚が折り重なった、
小さなレイヤーのひとつだと思う。
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