―― 19時のシャッターと、それぞれのゴールテープ ――
晩御飯時の台北を歩いていると、
シャッターの音が聞こえる。
まだ19時過ぎ。
日本なら「これからが本番」みたいな時間帯なのに、
台湾の食堂は、もう椅子を上げて、
床を水で流し始めている。
最初は驚いた。
でも何度も振られているうちに、
だんだんと、その潔さが好きになってきた。
ここにはきっと、単なる「営業時間」の話ではなく、
もっと別の価値観が潜んでいる。
歩きながら、その理由を考えてみた。
空になった鍋が、ゴールテープなのかもしれない
日本の飲食店は、在庫が減れば補充し、
閉店時間まで売り続ける。
機会損失を避けることが正義で、
売れた分だけまた作る。
その意味では、終わりの見えないマラソンだ。
一方で台湾の食堂は、
朝に仕込んだ鍋が空になった瞬間、
その日のレースが終わる。
まだ18時でも、スープが無くなれば閉める。
昼のピークで売り切れれば、13時に閉める。
「今日はこれで十分」と、
ゴールテープを自分で引ける働き方。
それが台湾の小さな食堂には、
自然に根付いている気がする。
短期決戦の密度がすごい
台湾の食堂は、朝と昼の回転率が異常に高い。
2〜3時間のあいだ、
ひっきりなしに人が入り、
鍋は煮え続け、麺は湯気を立て、
厨房は小さな戦場になる。
あの密度で売り続けたら、
たぶん1日に必要な利益は、
すでにその時点で確保されてしまうのだと思う。
だから夕方に店を開け続ける必要が、
そもそもない。
「長く働くより、集中して働く」
この感覚は、日本の飲食店には
あまり見られない。
「もっと稼げるのに」は、外側の論理
台湾の店は家族経営が多い。
だからこそ、店は人生の中心であっても、
全部ではない。
子どもを迎えに行くとか、
買い物をして帰るとか、
夜市で自分たちがご飯を食べるとか。
生活が主語で、店はその一部にすぎない。
もう十分働いたから帰る。
今日は材料が終わったから終わり。
そこには、
「知足(足るを知る)」
という静かな価値観があるように思う。
「もっと売れたのに」という声より、
「もう今日はいいよ」という声のほうが、
優先されている。
そしてその姿勢を前にすると、
羨ましさすら覚える。
シャッターの向こう側にあるもの
夕方の街で、
閉まったシャッターに出くわすと、
最初は残念なのに、
次の瞬間には、少し清々しい気持ちになる。
「今日はここまで」と、
胸を張って店を閉める働き方。
売り上げの最大化より、
生活の質を優先する働き方。
儲けるだけが人生じゃないよね、と
どこかで納得しながら、
もう一度、夜の街を歩き出す。
台湾の食堂は、
今日もきっと、ちょうどいいところで一日を終えている。
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