―― 活力の源になる滋養の海 ――
日本で「お粥」と聞いて思い浮かぶのは、白く、味のない米だろう。
水と米だけで炊き、梅干しを一つ添える。体調を崩した時に食べる、引き算の料理だ。
台湾のお粥は、まったく逆の思想で作られている。
彼らにとって米は、旨味を吸わせるための媒体にすぎない。
鶏や豚骨で取った高湯で炊き、最初から味がある。
それは胃腸を休ませるための食事ではなく、朝から体に火を入れるための燃料だ。
台湾のお粥は、回復ではなく始動の食べ物である。
ドロドロか、サラサラか
台湾には大きく二つの粥文化がある。
一つは広東粥。
米の形が完全に消えるまで煮崩し、ピータンや豚肉、油條を浮かべる。
これは米を食べる料理ではない。とろみのあるスープだ。
もう一つが咸粥、あるいは台式粥と呼ばれる系統。
こちらは米粒が残り、牡蠣、魚、タケノコなどの具材が主役になる。
米は具材をまとめるためのベースであり、箸で食べる「米のスープ料理」に近い。
同じ「お粥」でも、目的が違う。
片方は喉を通す料理、もう片方は噛む料理だ。

主役は粥ではない、「清粥小菜」
台湾独自の風景が、清粥小菜だ。
特にサツマイモと炊いた地瓜粥が象徴的だろう。
粥自体は甘く、ほとんど味がない。
だが店頭には、豆腐乳、鹹蛋、麺筋、肉鬆といった塩辛い保存食が並ぶ。
粥を一口すすり、小菜を少しつまむ。
甘みと塩気を往復するだけの単純な動作が、驚くほど満足感を生む。
日本で白ご飯が担ってきた役割を、台湾ではサツマイモ粥が引き受けている。
質素に見えて、実は計算された食事だ。

塩ではなく、香りで味を作る
台湾のお粥に欠かせないのが白胡椒と油葱酥だ。
塩で輪郭を作る日本式と違い、
台湾では香りの層を重ねて味を完成させる。
白胡椒の刺激、揚げエシャロットの香ばしさ。
油分とスパイスが、淡白な米に「食べた感」を与える。
これがあるから、粥は「軽食」では終わらない。
腹にたまる、立派な一食になる。
優しさの定義が違う
日本のお粥の優しさは、何もしないことにある。
刺激を避け、体を静かに戻す。
台湾のお粥の優しさは、与えることにある。
熱、塩分、脂、タンパク質。
必要なものを、すべて流し込む。
蒸し暑い朝、汗をかきながら熱々の粥を食べる。
それは弱った体を守るためではない。
今日もこの島で生き抜くための、準備運動なのだ。

