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台湾・豆花屋の招牌についての記録

台湾の豆花屋に入る。
メニューの最上段に、招牌の印が付いている。

原味豆花。

原点であり、看板。
これ以上の正解はないと考え、注文する。

運ばれてきた丼を見て、手が止まる。
白い豆腐。
茶色い糖水。
以上。

タピオカはない。
ピーナッツも、芋団子もない。

入れ忘れたのではない。
これが完成形だ。


原味は全部入りではない

原味は、直訳すればオリジナルだ。
だが、日本語の感覚でいう基本とは違う。

日本の基本は、
最小構成でありながら、必要な要素が揃っている。

台湾の原味は違う。
化粧をしていない、という意味に近い。

具材は、化粧だ。
味付けは、補助だ。

原味は、
それらをすべて外した状態を指す。

こちらが求めていた全部入りは、
別の場所にある。

綜合。
什錦。

漢字は地味だが、
内容は派手だ。


店は何を見せようとしているのか

具のない豆花は、
店の意思表示だ。

大豆の香り。
固まり方。
糖水の焦がし具合。

それだけで、
評価してほしいという姿勢がある。

地元の常連は、
初めての店で原味を頼むことがある。

具材というノイズを外し、
基礎だけを見る。

原味は、
観光客を試す料理ではない。

店が、自分の腕前を提示する方法だ。


受け身が生む失敗

だが、旅人にとっては話が違う。

おすすめをください、という態度は、
台湾の豆花では通用しない。

この料理は、
自分で組み立てる前提で設計されている。

選三種。
任選。

能動的に選ばなければ、
店は最もストイックな答えを出す。

原味は、
親切の裏返しではない。

要求がない場合の、
最小回答だ。


綜合という安全装置

迷ったら、
綜合を選ぶ。

それは、
店が考えた公約数だ。

一番回る具材。
一番評判の組み合わせ。

原味が試験なら、
綜合は授業だ。

旅人は、
まず授業を受ければいい。


虚無の効用

目の前の白い豆花を、
一口すくう。

確かに、物足りない。
だが、静かだ。

大豆の香りと、
糖水の甘さだけが残る。

刺激に疲れた舌には、
この引き算が効く。

原味は、
失敗ではない。

順番を間違えただけだ。

次は、
必ず綜合を頼む。

そう決めて、
丼を空にする。


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