―― 地下に潜らなかった都市について ――
台湾を一通り回っていると、
ある地点で少し立ち止まることになる。
台南には、MRTがない。
台北にも、高雄にも、台中にもある。
空港にすらMRTが走っている。
それなのに、
台湾最古級の都市である台南だけが、
地下に潜っていない。
これは遅れなのか。
それとも、別の前提条件の結果なのか。
地下を掘る理由が、見つからなかった
地下鉄を作る理由は、
たいてい消極的だ。
地上がもう使えない。
広げられない。
詰まりすぎている。
台南には、
その切迫感がなかった。
都市の密度
旧市街は広く、低層の建物が多い。
道は細いが、致命的に詰まってはいない。
移動距離
生活圏のスケールが小さい。
自転車やバイクで十分に届く距離に、
日常の用事が収まっている。
既存の交通手段
南北移動は台鉄で足りる。
市内移動はバスで補える。
破綻するほどの負荷は、まだかかっていない。
通勤圧力の弱さ
台南は観光都市だが、通勤都市ではない。
朝夕に人が一斉に動く構造が弱く、
MRTが最も力を発揮する時間帯が生まれにくい。
地下を掘らなかったのは、
できなかったからではない。
掘る理由が見つからなかったからだ。
掘れば、過去が出てくる都市
もう一つ、
台南特有の事情がある。
台南は、
掘れば過去が出てくる都市だ。
オランダ統治期、清代、日本統治期。
複数の時代の都市層が、同じ場所に重なっている。
旧市街や安平周辺では、
道路工事や建て替えのたびに、
遺構や遺物が見つかることが珍しくない。
地下に潜るという行為は、
移動インフラの建設であると同時に、
歴史との衝突でもある。
台南が地下を避けてきたのは、
文化的な理由というより、
時間とコストの合理性だった可能性もある。
それでも、何も作らないわけではなかった
台南が公共交通の整備を
放棄してきたわけではない。
近年、
ブルーラインと呼ばれる新交通システムの構想が動いている。
それは地下鉄ではなく、
高架のモノレールという選択だった。
距離は短く、駅数も限られている。
都市を一気に作り替えるための路線ではない。
既存の街を壊さず、
最低限の補助線として置く。
台南は、
最後までその姿勢を崩していない。
地下を選ばなかった都市
ここまで見ると、
少し見え方が変わってくる。
台南は、
MRTを持たない都市なのではなく、
地下鉄という形式を選ばなかった都市だ。
条件が揃えば、
作れなかったわけではない。
ただ、
作る必然がなかった。
MRTがないことで、
台南が欠けているようには見えない。
むしろ、
MRTが不要なままで成立していること自体が、
この都市の性格をよく表している。
急がない。
詰め込まない。
台南は、
そういう速度の街だと思う。
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