―― 揚げたネギが台湾料理の「底」を決めている ――
台湾の食堂で、丼の端に散らばる茶色い粒。
ふわりと甘く、少し焦げた匂いが立つ。
油蔥酥(ユーツォンスー)は、主役ではないのに、どの料理にも影のように存在している。
ラーメンの背脂、日本の鰹節。
それに近い基礎の香りとして、台湾料理の重心を決めている。
干しネギの保存文化から
油蔥酥の出自は、福建・潮州の保存食文化にある。
湿度の高い沿岸部では、ネギは腐りやすい。
刻んで油で揚げ、水分を飛ばし、香りを閉じ込める。
それが台湾へ渡り、台南・嘉義の小吃文化と結びついた。
「炒めずに、揚げる」。
この方法は、湿気の多い南台湾において合理的だった。
ラードと温度のわずかな差
本質はシンプルだ。
シャロット(紅蔥頭)を刻み、ラードで揚げる。
だが、温度の管理で香りが劇的に変わる。
低すぎれば、香りが立たず油を吸い込む。
高すぎれば、苦みが出る。
150〜160度の短い時間で、一気に褐色へ持っていく。
この微妙な温度差が、台湾の家庭料理の深みを決めている。
味ではなく「輪郭」を与える調味料
油蔥酥の役割は、味付けではない。
料理の輪郭を作るための構造材に近い。
魯肉飯に落とせば、甘さが立体になる。
乾麺に絡めれば、油の粘度が変わる。
青菜に散らせば、香りが表面に薄い膜を作る。
料理そのものが変化するというより、
“その料理が台湾になる”ための最後の一押しだ。
フランス料理との対比
素材としてのシャロットは、実はフランスにもある。
だが、運命はまったく違う。
フランス料理:
バターと合わせてソースへ落とし、華やかな香りを創る。
方向性は 洗練(refinement)。
台湾料理:
ラードで揚げて、乾麺にドバっと投入し、香りの芯にする。
方向性は パンチ力(生存)。
同じ素材でも、
湿度・気候・歴史に触れた瞬間に、別の文化へ変わる。
その荒々しさが台湾小吃の魅力だ。
工業化したが、家庭の香りは残る
現在、油蔥酥はスーパーで袋入りが大量に売られている。
産地は台南・嘉義が多く、農家が副業として製造するケースもある。
工業化は進んでも、
屋台ではいまだに小鍋で揚げている姿が見える。
揚げ立ての香りだけは機械化できない。
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