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高雄・美麗島駅についての記録

改札を抜けた瞬間、視界が塞がれる。
天井一面に広がる極彩色。
思考より先に、身体が反応する。

ここは美麗島駅。
高雄MRTの南北を貫く紅線と、東西を横切る橘線が交差する、ただ一つの地点だ。

人は通過するために集まっているはずなのに、
この光の下では、ほとんどの人が足を止める。
見上げる。
写真を撮る。
一瞬だけ、移動をやめる。

なぜ、単なる交差点に、これほど強い空間が必要だったのか。
その違和感が、この場所の入口になる。


1979年という夜

地上に出る前に、少しだけ過去へ戻る。

この場所は、かつて「大圓環」と呼ばれる巨大なロータリーだった。
1979年12月10日。
民主化を求める人々がここに集まり、警官隊と衝突した。

催涙ガス。
混乱。
流血。

後に「美麗島事件」と呼ばれるこの夜は、台湾の民主化運動における最大の弾圧であり、同時に転換点だった。

駅名の「美麗島」は、単に“美しい島”を意味する言葉ではない。
弾圧された雑誌の名前であり、運動そのものの象徴だ。

この駅は、交通インフラであると同時に、
過去を忘れないための記念碑として、地下に打ち込まれている。


合掌のかたち

長いエスカレーターを上がり、地上に出る。

ガラス張りの出入口が、空に向かって伸びている。
日本人建築家・高松伸による設計だ。

その形は、合掌を思わせる。
地下であれほど過剰だった光量とは対照的に、
ここには余白と静けさがある。

透明なガラス。
空を映す曲面。
祈りの動作を、建築として定着させたような構え。

地下に埋め込まれた記憶に対して、
地上では声を上げず、ただ手を合わせる。
この駅の構造は、そうした態度を一貫している。

街へ溶ける

出入口を抜けると、風の質が変わる。

目の前には中山路と中正路の交差点。
そして、すぐ脇に六合夜市の看板が立っている。

祈りのような建築のすぐ隣で、
屋台が準備を始め、観光客が立ち止まり、
呼び込みの声が夜に向かって立ち上がる。

かつて激しい衝突が起きた場所は、
今ではただの通過点であり、
食べ歩きの動線の一部になっている。

記念碑は柵で囲われない。
説明板も前面に出ない。
記憶は、街の雑音の中にそのまま置かれている。

合掌は、祈りであると同時に、
街へ解かれる動作でもあるのだと、ここで気づく。


通路から滞在へ

再び地下へ戻る。

以前、この改札外空間は広すぎた。
天井は高く、人は流れるだけ。
典型的なデッドスペースだった。

今は違う。
墨凡・美麗島商場が入り、空間の性格が変わった。

カフェ、ベーカリー、ラーメン店。
ノートPCを開く若者。
コーヒーを飲みながら、ただ座っている高齢者。

「乗り換える場所」が、「留まる場所」へと変わった。
世界で最も美しい駅、という額縁に、ようやく生活が入り込んだように見える。


自由の最終形態

コーヒーの香りが漂い、
日によってはピアノの生演奏が響く。

1979年の熱狂と痛みは、
半世紀を経て、こうした何気ない日常へと変換された。

食べること。
商売をすること。
歩き、立ち止まり、また歩くこと。

それが、この場所が勝ち取った自由の最終形態なのだろう。


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