
台湾西部を南へ進むと、濁水渓を境に村の形や料理の甘さが少しずつ変わり、魯肉飯の呼び名まで揺れ始める。橋も高速道路も通る川の周辺に、飲食チェーンの店舗分布にも似た偏りが残っている。
台湾は南北で気候が違う。北は亜熱帯、南は熱帯。その境界に近い台湾中部を、東の山から西の海へ大きな川が横切っている。濁水渓だ。台湾で最も長い川でもある。
現在は橋が架かり、高速道路も鉄道も南北を結んでいる。濁水渓を越えること自体に、大きな意味はない。それでも台湾を北から南へ移動していると、このあたりからいろいろなものが変わり始める。雨の降り方や村の形、魯肉飯という言葉の意味、そして飲食チェーンの店舗分布まで。
濁水渓は、今もなお台湾を南北に分ける境界として残っているのだろうか。
川の北と南では、村の形まで違った
台湾西部では、南へ行くほど冬の乾季がはっきりする。北部では冬にも雨が降る。南部では冬の降水量が減り、乾いた季節が長くなる。その違いは、水の使い方にも影響した。
1930年代、台湾の集落を調べた地理学者の富田芳郎は、濁水渓を境に北側では散村が多く、南側では集村が多いと記録している。
散村では、農家が耕地の近くに分かれて住む。集村では、家々が一か所に集まり、その周囲に農地が広がる。
背景には水があった。乾季の長い南部では、水を得られる場所が限られる。井戸や水路の周囲に人が集まり、共同で水を使う合理性が高い。北部では比較的水を得やすく、農家が耕地のそばに分散して住むことができた。
もちろん、村の形を気候だけで説明することはできない。開墾の方法や灌漑といった条件も重なった。
濁水渓そのものも大きな川だった。橋の少ない時代には人の移動を妨げ、行政や開墾の境界にも使われた。気候の違う二つの地域のあいだに大河があり、その大河が南北の違いをさらに残しやすくした。
川の北と南では、風景だけではなく、人が土地に住む方法まで違っていた。
味も、このあたりから変わる
その違いは食卓にも見える。台湾には「南甜北鹹」という言葉がある。南は甘く、北は塩気が強い。もちろん、南部の料理がすべて甘く、北部の料理がすべて塩辛いわけではない。それでも台南へ行けば、料理の甘さは分かりやすい。
台湾南部は長く製糖の中心地だった。砂糖へのアクセスや都市の歴史が、甘味を好む食文化の形成に影響したと考えられている。
そして濁水渓の周辺では、味だけではなく、料理の名前まで揺れ始める。魯肉飯が分かりやすい。
台北で魯肉飯と言えば、細かくした豚肉を煮て飯にかけたものを指すことが多い。南へ行くと、似た料理は肉燥飯と呼ばれる。一方、南部で魯肉飯と言えば、一塊の豚肉が載った飯を指すことがある。
さらに台中周辺では、この二つの命名体系が重なる。細肉の魯肉飯も、肉燥飯も、爌肉飯もある。大きな肉を魯肉飯と呼ぶ店さえある。
濁水渓を一本の国境線だと考えれば、例外だらけだ。しかし、北と南で別々に育った食文化が重なり始める場所として見るなら、かなり分かりやすい。川を渡った瞬間に味が変わるわけではない。それでも、その周辺から言葉と味の使われ方が揺れ始める。
飲食チェーンにも、同じ線が見える
ここまでは古い話だ。ところが現在の飲食チェーンを地図の上に置いてみると、また濁水渓の周辺が気になってくる。
台北で生まれた鬍鬚張は、桃園、新竹、台中と北部から南へ店舗を広げた。しかし実質的な通常店舗網は、そのあたりで止まる。高雄には内用のできないゴーストキッチン型の拠点が一つあるが、南部に通常店舗網を築いたわけではない。台南には店舗がない。
反対側には丹丹漢堡がある。台南、高雄、屏東で展開する南部のファストフードチェーンだ。南部では非常に知られている。それでも北へ行かない。
一方、高雄で生まれた正忠排骨飯は川を越えた。台中からさらに北へ進み、新北にも店舗を出した。
八方雲集になると、境界はさらに薄くなる。北部で生まれたブランドだが、現在は台湾全土に広がっている。南部にも製造拠点を置き、同じ商品を大量に供給する仕組みを作った。鼎泰豊も台北から台中、高雄へ広がった。
もちろん、これだけで濁水渓がチェーン店の出店を決めているとは言えない。人口も家賃も違う。
それでも店舗分布を眺めると、越えやすい店と越えにくい店がある。ここまで見てきた古い南北差は、現代の商圏にも薄く残っているのかもしれない。
川を越えるには、料理だけでは足りない
なぜ越えられる店と、越えにくい店があるのか。
一つは、企業側の問題だ。丹丹漢堡は、単に南部風のハンバーガーを売っているわけではない。価格や仕入れまで含めた一つの事業システムが、南部で成立している。料理だけを台北へ運んでも、同じ価格と品質で商売が成立するとは限らない。
反対に八方雲集は、店舗を増やすだけではなく、生産拠点まで地域ごとに増やした。地域を越えるための仕組みを企業側が作っている。
料理そのものにも違いがある。餃子は比較的標準化しやすい。皮の重さや餡の量も均一にしやすく、工場で大量に作って各地へ運びやすい。
魯肉飯は少し違う。肉の切り方も、脂身と赤身の割合も違う。そして地域によって、そもそも「魯肉飯」という言葉が指す料理まで違う。
地域に深く埋め込まれた料理ほど、料理だけを持って川を越えることは難しい。企業そのものが、越境できる形になっている必要がある。
記憶という名の関税
もう一つ、客の側にも越境コストがあるのかもしれない。
日常的に食べている料理には、基準ができる。魯肉飯を何十年も食べていれば、「魯肉飯とはこういうものだ」という感覚が生まれる。その基準は、地域によって違う。台北の人が魯肉飯を見れば、細かな煮豚を思い浮かべる。南部では、一塊の豚肉を思い浮かべる人もいる。
すると外から来たチェーンは、単に「おいしいか」だけでは評価されない。「これは魯肉飯なのか」という別の審査も受ける。
地域料理については、その土地らしさや真正性が消費者の評価に影響することが知られている。地元の商品を地元のものだからという理由で好む、地域レベルのエスノセントリズムも研究されている。長く食べられてきた料理ほど、人は無意識の評論家になる。それは、外から入ってくる店にとって一種の関税になる。記憶という名の関税だ。
この仮説で見ると、鬍鬚張と八方雲集の違いも少し理解しやすくなる。魯肉飯には、地域ごとの記憶がある。餃子にももちろん好みはあるが、「南部の餃子とはこうあるべきだ」という地域差は魯肉飯ほど強くない。だから標準化した商品が地域を越えやすいのかもしれない。
これだけでチェーンの店舗分布を説明できるわけではない。価格もあれば、偶然もある。ただ、地元の料理ほど、地理だけではなく記憶まで越えなければならないという説明には、それなりの筋がある。
おぼろげな境界線
濁水渓には、今ではいくつもの橋が架かっている。高速道路も鉄道も通る。台北から高雄まで移動する間に、濁水渓を越えたことすら意識しないこともある。
それでも、川の北と南を見比べると、村の形や味、飲食チェーンの店舗分布といった違いが残っている。
これらがすべて同じ理由で生まれたわけではない。気候がすべてを決めたわけでもない。濁水渓という川が、台湾を二つに切り分けたわけでもない。
それでも、違う時代に生まれた南北差を地図の上に重ねると、不思議なくらい同じあたりに線が浮かぶ。
一本のはっきりした国境ではない。近づけば例外もいくらでもある。それでも遠くから眺めれば、何かがそこで切り替わっている。
濁水渓は、今もなお、おぼろげに台湾を南北に分ける境界として存在しているように見える。





