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台北・士林区 士林夜市についての記録

台北の夜市の中で、士林夜市ほど名前が知られた場所はない。
だが、この夜市の中心には、巨大な観光空間とは異なる別の時間が流れている。
その起点は、ひとつの廟から始まった。


慈誠宮(媽祖廟)と門前市

士林夜市の原点は、1796年創建の慈誠宮にある。
廟の前には人が集まり、供物や軽食を売る屋台が自然に並び、それが市場へと広がった。
台湾の多くの夜市がそうであるように、士林も「廟の門前」が最初の商圏だ。

現在でも夜市の中心に慈誠宮が鎮座し、夜市の喧噪の中に小さな静域を保っている。
人の流れが交差する場所に、ゆっくりと漂う線香の匂いが混じる。
士林夜市に来るたび、この廟を“夜市のへそ”として確認したくなる。


日本統治時代の「公設市場」

1913年、衛生環境の改善を目的に「士林公有市場」が建設された。
赤レンガ造りの公設市場は、当時の都市計画の象徴であり、台北府内でも先進的な施設だった。
この古い建物は、現在も保存されており、夜市の周辺に残るレンガの一部は当時の名残だ。

観光客が目にするきらびやかな看板の下に、100年前の市場の痕跡が埋まっている。
士林夜市は、歴史の上に積み重なっていることを示す風景が、路地の随所に残っている。


地下美食街という転換点

2011年、古い市場の改修と再開発により、屋台の主要エリアが地下1階へ移動した。
これが現在の「地下美食街」だ。

地上の歩道には服や雑貨の店が広がり、食事は地下に集約された。
動線が整理され、観光客が回りやすくなった一方で、
「昔の雑然とした熱気が失われた」という声も根強い。

ただ、地下の空間には独特の熱気がある。
換気の限界と油の匂い、常に湯気が立ちこめる空間。
かつて地上にあった“混沌”が、違う形で地下に受け継がれたとも言える。

コロナ禍で空き店舗が増えた時期もあったが、現在は再び観光客が戻りつつある。
地下のあの密度は、現代の士林夜市を象徴する景色のひとつになった。


台北の夜を吸い込む装置

士林夜市は、台湾で最も大規模な夜市のひとつだ。
週末の来場者は10万人規模とも言われる。
もはや「市場」というより、台北の夜を吸い込む巨大なテーマパークのような機能を持っている。

通りは複数に分岐し、気づくと元の場所が分からなくなる。
境界が曖昧で、どこまでが夜市なのか判断できない。
それが士林夜市の「街の一部としての夜市」という特性を示している。

観光夜市としての側面が強まったことで、
大きく見えるフライドチキン、写真映えを意識した串焼き、
外国語メニューを掲げたスイーツ店が増えた。
夜市が「世界に向けて発信する装置」としても機能していることがわかる。


観光地と地元の生活の二重構造

メインストリートは観光客であふれるが、
一本路地に入ると地元の生活がそのまま残っている。

古い麺店、学生が通う揚げ物店、昔ながらの果物店。
派手な看板の外側に、士林が“生活の街”であることを思い出させる風景がある。

大通りは観光が支え、路地は地元が支える。
この二重構造が士林夜市を長く存続させてきた。


夜市の境界と喧噪の吸収力

夜になると、士林一帯の空気が変わる。
屋台の明かりがともり、匂いと音が街路に流れ出す。
人の群れの動きが波のように連なり、歩く速度が自然と落ちる。

一定の範囲だけが異様に騒がしく、
そこから数十メートル外れると急に静けさが戻る。
士林夜市は、喧噪を“吸い込む”ようにして、その境界を形作っている。

夜市の騒がしさは、台北の日常とは別のリズムを持つ。
そのリズムが一定の範囲に集まっている様子を観察すること自体が、士林夜市の楽しみ方のひとつでもある。


士林夜市

住所: 111台北市士林區基河路101號(士林市場)周辺

営業時間: 16:00頃 – 24:00頃 (店舗により異なる)

アクセス: MRT劍潭(ジエンタン)駅 1番出口から徒歩約5分。駅を出て人の流れについていけば着く。

地図https://maps.app.goo.gl/RAf9gnSEExf7h68n8

台北最大規模の夜市。地下1階の「美食区」と、地上の「慈誠宮」周辺が食の中心。巨大なフライドチキン(豪大大鶏排)や牡蠣オムレツが名物。


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