―― 甘さに勝てない朝もある ――
朝食屋のレジ前に立つ。
順番はもうすぐだ。口の中では、いつもの注文が出来上がっている。
「冰豆漿、半糖。」
特に迷う理由はない。
それが最適解であることも、身体が欲している量も、もう分かっている。
しかし、壁のメニューの端にある
「紅茶豆漿(ホンチャドウジャン)」
という文字が、視界に残る。
頼みたい気もする。
ただ、あれは少し厄介な飲み物だ。
強制される全糖
多くの店で、紅茶豆乳はすでに完成している。
大きな寸胴に仕込まれ、冷やされ、注がれるのを待っている。
つまり、注文した時点で仕様が確定する。
・甘さの調整は不可
・半糖も、無糖も存在しない
・全糖がデフォルトであり、唯一の選択肢
それは飲み物というより、決定事項に近い。
砂糖の量を自分で管理したい、という現代的な感覚は、
この一杯の前では意味を持たない。
古早味紅茶の正体
紅茶豆乳のベースになっている紅茶は、
日本で想像する紅茶とはかなり違う。
香りは華やかではない。
渋みも控えめだ。
代わりにあるのは、
焙煎された穀物のような匂い。
決明子や麦がブレンドされた、いわゆる古早味紅茶。
ミルクティーというより、
「甘い色のついた飲料」に近い。
そこに豆乳が加わると、
飲み物は一気に重たくなる。
上品さは消え、
栄養とカロリーの方向に振り切れる。
敗北と快楽
結局、口から出る。
「紅茶豆漿。」
太いストローでフィルムを破り、ひと口飲む。
甘い。予想通りだ。
しかし、不快ではない。
朝の湿気と気温の中では、むしろ合理的に感じられる。
この街で朝を動かすには、
これくらいの糖分が必要なのだろう。
理性が負けた、わけではない。
たまには甘い沼へ
紅茶豆乳は、日常の飲み物ではない。
毎朝これを選ぶ理由もない。
それでも、
少し疲れている朝や、考えるのをやめたい朝には、
この「逃げ道のない甘さ」がしっくりくる。
普段は淡々と
冰豆漿(冷たい豆乳)の半糖を選びながら、
ときどき、この沼に足を踏み入れる。
台湾の朝なら、きっとそんな余白を許してくれる。
■ 参考記事リスト
■ 台湾の朝食屋(網羅的な解説)
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