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台湾・タピオカの誕生についての記録

台湾のデザートや軽食に共通する、あの不思議な噛みごたえ。
歯が沈み、跳ね返り、もう一度噛みたくなる弾力。
台湾人はそれを、二文字でこう呼ぶ。QQ

この食感は、台湾の土壌から自然に生まれたものではない。
起点は、地球の裏側――南米だった。


海を渡った「毒のある芋」

タピオカの原料であるキャッサバ(木薯)は、ブラジルを中心とする南米原産の作物だ。
見た目は地味な芋だが、実は扱いが難しい。品種によっては青酸配糖体という毒を含み、生で食べることはできない

それでもキャッサバは、痩せた土地でも育ち、乾燥や高温にも強い。
大航海時代、ポルトガル人やスペイン人によって東南アジアへ持ち込まれた理由もそこにある。

毒を抜き、粉にする。
この手間こそが、キャッサバを「保存できる炭水化物」に変えた。
台湾に本格的に広まったのは、19世紀後半から日本統治時代にかけてとされる。


米が足りない時代の、静かな脇役

台湾の主食文化を語るとき、必ず登場するのはサツマイモ(地瓜)だ。
だが、キャッサバもまた、飢えをしのぐための救荒作物だった。

米が不足すれば、芋のデンプンで腹を満たす。
キャッサバは、食用だけでなく、糊、酒精、飼料と用途が広い。
特に中南部の山間地では、「工業用デンプン」としての需要が栽培を支えた。

安く、安定して供給できる澱粉。
それが市場に流通し続けたことが、後の「食感文化」の土台になる。


「粉圓」というプロトタイプ

現在、黒くて大粒のタピオカを思い浮かべる人が多いだろう。
だが、その原型はもっと控えめだった。

粉圓(フェンユェン)
透明、あるいは琥珀色の小さな粒。
もともとはサツマイモ粉で作られていたが、次第にキャッサバ粉が混ざり、主役へと置き換わっていく。

食べ方も違う。
ミルクティーではなく、糖水、豆花、かき氷。
スプーンですくって食べる、完全に「点心」の世界の存在だった。

まだこの時点では、飲み物に入る未来など、誰も想像していない。


台湾人は、なぜ弾力を愛するのか

QQという言葉は、単なる擬音ではない。
硬すぎず、柔らかすぎず、噛むほどに快楽が増す状態を指す、極めて精密な評価軸だ。

魚丸、芋圓、肉羹。
台湾の屋台料理を思い返せば、QQの連続であることに気づく。

キャッサバ由来の澱粉は、この嗜好と完璧に噛み合った。
安価で、加工しやすく、弾力を作りやすい。
だからこそ、粉圓は静かに、しかし確実に定着した。


貧しさの記憶が、豊かさに反転する

キャッサバは、もともと「仕方なく食べるもの」だった。
だが、長い時間をかけて加工技術が洗練され、
ついには「この食感がないと物足りない」と言われる存在になる。

ここに、台湾食文化の重要な転換点がある。
生存のためのカロリーが、嗜好の対象へと昇格する瞬間だ。

そして1980年代。
この粉圓が、冷たいミルクティーという液体に投下される。
皿からカップへ。スプーンからストローへ。

それは、QQという食感を持ち運び可能にしたUI革命だった。
次に語るべき物語は、すでにここで準備されている。

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