―― 市場というより、デパ地下 ――
自動ドアが開いた瞬間、汗が引いていく。
強烈な冷房、磨かれた床、一定のリズムで動くエスカレーター。
空港のラウンジか、百貨店の地下に入ったような錯覚がある。
だが、ここは南門市場だ。
雙連朝市で嗅いだ血の匂いも、
バイクの排気ガスも、湿った空気もない。
あるのは「清潔」という、よく管理された状態だけだ。
ここは外省人のための市場だった
なぜ、この市場だけがここまで整っているのか。
理由は立地にある。
中正紀念堂や総統府に近いこの一帯には、
戦後、大陸から渡ってきた政府関係者や高官が多く住んだ。
彼らが求めたのは、台湾の屋台料理ではなかった。
上海、四川、浙江。
記憶にある故郷の味と、それにふさわしい質。
その需要に応えるかたちで、
この市場は独自の性格を育てていった。
金華ハム、中華サラミ、上海点心。
南門市場は台湾料理の市場というより、
中国料理のための市場として機能してきた。
吊るされた肉と、高級惣菜
一階と地下に並ぶのは、食材というより展示物に近い。
天井から吊るされた金華ハムが、
均等な間隔で並ぶ光景は、どこかギャラリーのようだ。
惣菜店の棚に並ぶ料理も、
ただ茶色い煮込みが積まれているわけではない。
手間をかけ、味を整え、
そのまま食卓に出せる完成品として置かれている。
ここは、今日の夕飯を即興で考える場所ではない。
あらかじめ想定された「豊かな夕食」を、
確実に調達するための市場だ。
二階で市場は完成する
エスカレーターで二階に上がると、
市場の食堂というイメージは完全に消える。
大きな窓から光が入り、
外の緑が視界に入る。
そこに広がるのは、美食広場と呼ばれる空間だ。
テーブルの配置も、動線も、
ショッピングモールのそれに近い。
一角にだけ、人が集まっている場所がある。
合歓刀削麺だ。
名物のトマト牛肉麺を求める列は長い。
だが、かつての市場にあった混沌はない。
ポールに沿って、静かに、整然と並んでいる。
ここでは、汗をかかずに麺をすすることができる。
一階で買った高級ちまきを持ち込んでもいい。
快適さが、すべてを支配している。
きれいになるという選択
失われたものは、はっきりしている。
薄暗い通路、湿った床、
客と店主が言葉をぶつけ合う距離感。
代わりに得たのは、
圧倒的な衛生環境と、誰でも入りやすい空間だ。
これを風情がないと切り捨てることは簡単だ。
同時に、この快適さこそが、
現代の台北が求めている現実でもある。
よそ行きの台北
雙連朝市が素顔の台北だとすれば、
南門市場は、よそ行きの台北だ。
どちらも嘘ではない。
役割が違うだけだ。
冷房の効いた窓際で、
赤いトマトスープを口に運ぶ。
市場は少しずつ、別の姿へ移行している。
その変化は、ここではすでに完了している。
住所: 100台北市中正區羅斯福路一段8號
営業時間: 7:00 – 19:00 (月曜定休) ※2階フードコートは11:00頃~
アクセス: MRT「中正紀念堂」駅 2番出口直結(新ビルになりアクセス抜群に)。
地図: https://maps.app.goo.gl/tf1pdKGuCj1HKnNx9
2023年リニューアル。1階は金華ハムや乾物、高級惣菜。2階には快適なフードコートがあり、「合歓刀削麺」のトマト牛肉麺が大人気。1階の「合興糕糰店」の上海菓子もお土産に最適。


