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台湾の胡椒餅についての記録

台湾の屋台は、だいたい似たような風景でできている。
ステンレスの作業台。中華鍋。立ちのぼる湯気。
しかし、胡椒餅の屋台だけは、明らかに様子が違う。

店先に置かれているのは、赤茶けた円筒形の巨大な壺。
ドラム缶のようでもあり、土窯のようでもある。
中を覗くと、炭火が赤く燃え、内壁には白い生地が張り付いている。

ここだけ、空気が違う。
湿度の高い台湾の路地に、乾いた高温の熱が立ち上がっている。


中華鍋ではない理由

台湾料理の多くは、水か蒸気を使う。
煮る、蒸す、炒める。
どれも中華鍋と相性の良い調理法だ。

だが胡椒餅は、鍋を拒否する。
必要なのは、火力と乾燥、そして壁だ。

この焼き方は、中国南部というより、むしろ中央アジアに近い。
インドのナン。
中東のタンドール。
小麦粉の皮を、窯の内側に貼り付けて焼く文化。

胡椒餅の祖先は、福州を経由して台湾に渡ったとされるが、
そのさらに奥には、サムサ(Samsa)と呼ばれる遊牧民の携帯食がある。

肉を包み、焼き固め、持ち運ぶ。
胡椒餅は、家庭料理ではなく「移動のための料理」だった。


硬さは欠点ではない

胡椒餅の表面は硬い。
台湾人が好む「Q」や「軟」とは真逆だ。

だがこの硬さは、失敗ではない。
機能である。

窯の高温で一気に焼き固めることで、内部は密閉される。
結果、肉汁と大量のネギの水分が逃げ場を失う。

噛み砕いた瞬間、内部から蒸気と脂が噴き出す。
あの爆発は、偶然ではない。
硬い殻があるからこそ成立する構造だ。


黒胡椒という異物

もう一つ、胡椒餅が台湾料理から浮いている理由がある。
味付けだ。

台湾料理は、甘みと旨味で包み込む。
しかし胡椒餅は、容赦がない。
黒胡椒が前面に出る。

舌が一瞬、ヒリつく。
体が温まるというより、目が覚める。

この刺激は、亜熱帯のやさしさではなく、
寒冷地で生き延びるための熱量を思わせる。


孤高の窯焼き

蒸気の文化の中で、胡椒餅は孤立している。
だからこそ、人は惹きつけられる。

職人が素手で窯に手を突っ込み、生地を壁に貼り付ける。
あの動作は、料理というより鍛冶仕事に近い。

胡椒餅は、台湾の路地に残された「大陸横断の記憶」だ。
島の食文化の中に、ひとつだけ異質な炎が残っている。


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