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老街? そこら辺にあるがな、と言ってみる

―― 観光地化されたノスタルジーと、路地裏のリアル ――

大阪人に「美味しいお好み焼き屋」を聞いてはいけない。
だいたい返ってくる答えは決まっている。

そんなもん、そこら辺の店でええがな。

彼らにとってお好み焼きは、
わざわざ電車に乗って食べに行くイベントではない。
生活の一部であり、日常のインフラだ。

台湾人にとっての「老街」も、
実はそれとよく似ている。


テーマパーク化したノスタルジー

多くの観光客は、有名な老街を目指す。
九份、深坑、三峡。

行ってみて、すぐに気づく。
どこも似たような風景だ。

臭豆腐。
タピオカ。
昔のおもちゃ。

判を押したように並ぶそれらは、
観光用にパッケージされたノスタルジーだ。

整備され、磨かれ、
写真に撮りやすくなった「過去」。

本来の歴史は、
あんなに小綺麗でも、
あんなに親切でもない。


コンビニの裏は、もう江戸時代

台湾の街を歩くと、
奇妙な感覚に出会う。

最新のMRT駅を降り、
煌びやかなコンビニを横目に、
一本裏の路地に入る。

そこには、
築百年近い街屋が、
今も住居として使われている。

剥がれかけた看板。
錆びた鉄格子。
道端で野菜を売る人。

再開発されたビルの隙間に、
清朝から日本統治時代の空気が、
そのまま残っている。

名もなき、天然の老街。
それは、地図に載らない。


廟のまわりが、いちばん古い

探し方は簡単だ。
Googleマップはいらない。

空を見上げて、
赤い提灯か、
大きなガジュマルの木を探す。

台湾の街は、
必ず廟を中心に広がっている。

廟の前には人が集まり、
市場ができ、
生活が堆積する。

観光地化されていない廟の周囲こそ、
その土地の時間が、
いちばん濃く残る場所だ。


保存か、放置か

観光地の老街は「保存」されたものだ。
見られることを前提としている。

路地裏の老街は「放置」されたものだ。
生活のために、
使い倒されている。

大阪のおっちゃんが、
洒落たお好み焼き屋を笑うように、
台湾の路地裏も、
着飾った老街を眺めているかもしれない。

歴史なんて、
わざわざ金払って見るもんちゃうで。
ここにあるがな、と。


台湾全土が老街である

遠くの老街まで、
電車を乗り継ぐ必要はない。

今泊まっているホテルの裏通り。
そこが、もう老街だ。

騎楼の下を歩く。
雨に濡れず、
過去と現在をつなぐ回廊を抜ける。

「老街? そこら辺にあるがな」


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