台湾の片隅
台湾・牛肉麺はあるのに豚肉麺がない理由を考えてみる
夜の台北で牛肉麺の看板を眺めると、牛の文字は目に入るのに、豚の文字はほとんど見当たらない。豚肉は魯肉飯や排骨、肉燥の名前に姿を変え、麺の上では「肉」の一字に収まっている。
台湾を歩いているといくつかの疑問が頭に残る。
なぜこんなにドリンク屋が多いのか。
なぜ台中から流行が生まれることが多いのか。
なぜ夜市はどこに行ってもあの形になるのか。
ここでは、そうした「どうでもいいけど、なんとなく気になること」を、
街を歩きながら考えていく。
はっきりした結論が出ない話も多い。
歩きながら、考えていたことを書いているだけの場所。
台湾の片隅
夜の台北で牛肉麺の看板を眺めると、牛の文字は目に入るのに、豚の文字はほとんど見当たらない。豚肉は魯肉飯や排骨、肉燥の名前に姿を変え、麺の上では「肉」の一字に収まっている。
台湾の片隅
夜市の鉄板で、牡蠣と地瓜粉と卵がひと皿にまとまり、蚵仔煎は甘いタレをまとって揺れている。華やかな屋台料理の姿からは、包囲戦の食卓に置かれたかもしれない食べ物の輪郭までは見えてこない。
台湾の片隅
台湾のかき氷店では、メニューを開く前から「マンゴーでしょ?」と声をかけられることがある。ところが果物屋を歩くと、山積みになっているのはマンゴーよりグアバやレンブのほうだ。
台湾の片隅
基隆港から台北の中心部までは約25キロ、列車で40分ほどしか離れていない。京都の手前に瀬戸内海が横たわる地図と並べると、首都の外側にある余白の違いが目に入る。
台湾の片隅
昼過ぎの魯肉飯店には、目立つ看板も行列もないのに、人が途切れず吸い込まれていく。白いごはんに具とタレをのせたその一杯は、どこか日本の家庭の食卓にもある姿をしている。
台湾の片隅
信号を二つ渡るあいだに別のドリンク店が見つかり、夜市の出口には飲み終えた透明なカップが並ぶ。毎日くり返されるこの風景を、粒の数に置き換えると、街の見え方が少し変わる。
台湾の片隅
夜市の牛肉麺や朝食店の豆漿を前にしても、箸やレンゲを手に取る動きに迷いはない。味は確かに台湾のものなのに、食べる手順や器の収まり方には、家の食卓に近い感覚が残っている。
台湾の片隅
台北や台南へ向かう旅行者の地図から、台中だけがするりと抜け落ちている。駅から市役所へ歩けば、緑の多い道や小さな食堂が続くのに、「まず行く場所」として思い浮かぶ景色は少ない。
台湾の片隅
夜の豆花屋で、紅豆やタピオカ、芋園を添えた温かい豆花を受け取る。甘さと食感が揃った器の上には、まだ塩気と脂肪の入り込む余地が残っている。
台湾の片隅
台北橋駅から歩ける範囲に、三重を代表する魯肉飯の店が5軒集まっている。朝9時から夕方6時までなら全部回れそうだが、その後には鼎泰豊の小籠包が控えている。