空路・台北ー高雄線廃止についての記録
かつて台北行きの便が朝から夜まで発着していた高雄・小港空港で、いまその搭乗口は静かな空白になっている。一方、台北からの列車は高雄の北側、左営に人を降ろし続けている。
かつて台北行きの便が朝から夜まで発着していた高雄・小港空港で、いまその搭乗口は静かな空白になっている。一方、台北からの列車は高雄の北側、左営に人を降ろし続けている。
中国語としては意味を持たない「新堀江」という名前の下で、古びた路地に若者が集まり、分厚い鶏排を片手に列をつくっている。かつて服が並んだ場所で、いま目立つのは食べ歩きの姿だ。
高雄中央公園では、芝生の向こうまで視線が抜け、どの方向からでも人が入ってくる。地下鉄の出口には巨大な黄色い屋根が浮かぶが、その開かれた場所の中心には、かつて高い壁に囲まれたスタジアムがあった。
夕方の苓雅自強夜市では、屋台の湯気の脇をスクーターが途切れなく行き交い、乗ったまま弁当を受け取る人もいる。昼には生鮮食品が並ぶ同じ軒先が、夜になると別の速度で動き始める。
SOGOや新光三越のガラス張りの大通りから一本入ると、百合や菊を積んだ花屋の隣で、臭豆腐と揚げ油の匂いが立ち上っている。贈答用の花束を抱えた人と、仕事帰りに夕飯を買う人が、黒く湿ったアスファルトを行き交う。
台湾の夜市では、寺の門前や細い路地に屋台が連なる光景をよく見る。ところが高雄の六合夜市は、空が見えるほどまっすぐな幹線道路に、屋台が一直線に並んでいる。
高雄駅前では、1941年築の駅舎と、雲のように広がる白い新駅屋根が同じ広場に立っている。かつて線路で分かれていた南北の街も、いまはその足元で一続きになっている。
新楽街のショーケースには、重たそうな金の指輪やネックレスが今も並ぶ。そのすぐ近くでは、角の丸い古い建物や低いアーケードが、かつてとは違う静けさをまとっている。
哈瑪星の低い建物が続く路地で、突然、巨大な中華風の宮殿が視界をふさぐ。広場では将棋を指す人や屋台の客が過ごしているが、その廟は街区の中心に、あまりにも正確に置かれている。
高雄港のそばに、意味をなさない漢字で書かれた「哈瑪星」という一角がある。古いレンガ建築や碁盤目の道路が残る街で、その名前だけが線路の消えた後にも使われ続けている。