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高雄・哈瑪星の地名の由来についての記録

高雄の地図を眺めていると、ひとつ妙な地名に出会う。
「哈瑪星」

中国語読みは「ハー・マー・シン」。
意味はない。少なくとも、漢字としての意味は成立していない。

だが、これを日本語の音に戻すと、すべてが腑に落ちる。
ハ・マ・セン

語源は、日本語の 「濱線(はません)」
港の縁を走る鉄道の引き込み線、その通称だ。

鉄道用語が、そのまま街の名前になる。
しかも百年以上経った今も、音だけが生き残っている。

世界的に見ても、かなり珍しいケースだろう。
ここは、「線路が街になった場所」なのだ。


海を陸に変えたビッグプロジェクト

実は、日本統治時代の初期まで、
ここには街どころか、地面すら存在していなかった

干潟と浅瀬。
ただの海だった。

高雄港を整備するために行われた大規模な浚渫工事。
その際に出た土砂が、ここに積み上げられた。

つまり哈瑪星は、
完全な人工地盤の上に誕生した街である。

自然発生ではない。
古い集落の延長でもない。

都市計画という設計図に基づいて、
ゼロから作られた「近代の実験場」だった。


かつての「高雄の丸の内」

新しく生まれたこの埋立地には、
当時の最新機能が集中的に配置された。

市役所。
警察署。
郵便局。
銀行。
貿易商社。

碁盤の目に整えられた道路。
上下水道。
電気。

南部台湾の港町に、突然現れた未来都市
ここは、貿易と金融の中心だった。

今も残る重厚なレンガ建築を見れば、
当時の意気込みが想像できる。

哈瑪星は、
かつての高雄における 「丸の内」 だった。


冷凍保存された昭和モダン

戦後、都市の重心は東へ移った。
行政も商業も、新しいエリアへ流れていく。

哈瑪星は、取り残された。

だが、その「取り残され方」が、
結果として街を救った。

再開発が入らなかったことで、
日本時代の町割り、長屋、路地がそのまま残った。

リノベーションされたカフェの隣で、
昔ながらの氷屋が営業している。

モダンとレトロが、
時間差のまま共存している。

ここは、
意図せず冷凍保存された昭和だ。


インフラがアイデンティティになる時

人々は、港沿いを走る貨物線を「はません」と呼んだ。
やがて、その線路の周囲の街全体を、そう呼ぶようになった。

物流が、
インフラが、
街のアイデンティティになった。

今、「哈瑪星」という看板を見上げるとき、
そこに書かれているのは漢字ではない。

かつて、この埋立地の上を走っていた
濱の線路そのものの記憶だ。

線路は消えた。
だが、名前だけは、今も街に残っている。


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