―― バブルの墓標、天空のゴーストタウン ――

高雄の街を歩いていると、ふと視界の端に巨大な影が差し込む。
振り向くと、85大樓が立っている。
かつて台湾一の高さを誇り、港都・高雄の野心そのものだった建築。
しかし今、その輪郭はどこか鈍く、周囲の再開発が進めば進むほど、存在感は「誇り」ではなく「異物」に近づいている。
「高」という字が孕んだ皮肉
85大樓の設計者は、台北101と同じ李祖原。
外観は、高雄の「高」の字を模している。
完成当時、このビルは明確なメッセージだった。
高さ=繁栄。
高さ=未来。
だが現在、その「高」は別の意味を帯びている。
街の中で最も目立つ場所に立ちながら、最も更新されない存在。
新しくなればなるほど、古さが露呈するという、都市特有の皮肉だ。
主のいない城
この巨塔を空洞化させた最大の要因は、建物そのものではない。
統治の不在である。
85大樓は、かつての政商・陳由豪率いる東帝士グループの象徴だった。
だがアジア通貨危機を境にグループは崩壊。
ビルは巨大な不良債権となり、フロア単位、部屋単位で切り売りされていく。
結果、誰も全体を決められなくなった。
修繕も、再開発も、意思決定ができない。
一つの超高層建築が、
巨大な「管理組合不全マンション」になった瞬間である。
垂直に進行するスラム化
低層階に入る予定だった百貨店は幻に終わり、
中層階の一部は長らく空洞化した。
管理が行き届かない空間には、人とリスクが集まる。
違法民泊、風俗、薬物。
一時期、このビルは「治安のブラックホール」として語られた。
高層階にあった高級ホテルも、2019年に突如閉鎖。
台湾で最も高い場所にある廃墟が、静かに誕生した。
見下ろす景色と、見上げられる虚無
展望台からの眺めは、今も美しい。
港、ライトレール、再開発された新湾区。
高雄は、確実に前に進んでいる。
だがその街を歩く人々が見上げる85大樓は、
もはや未来ではない。
立地は良い。
構造も致命的ではない。
それでも、統治が腐れば資産は死ぬ。
不動産投資における最も冷酷な教訓が、ここにある。
生贄としての巨塔
近年、海覇王グループが一部区画を取得した。
だが複雑に絡まった権利と老朽化は、簡単に解けない。
85大樓は今、
高雄が重工業と不動産バブルの時代を終え、
半導体と観光の都市へ移行する過程で置き去りにされた存在だ。
外から見ると「高」。
中で起きているのは、底の見えない権利闘争。
この塔が再生するかどうかは、まだ分からない。
ただ一つ確かなのは、85大樓が高雄という都市の過去を一身に引き受けて立っているという事実だけだ。
それは廃墟ではない。
都市が次の段階へ進むために残された、
静かな墓標である。






