高雄85大樓の再生への道のりについての記録

高雄の港に近い85大樓を見上げると、かつて一棟の中に集められていた商業やホテル、オフィスの機能が、いまは図書館や音楽中心、展覧館として周囲に分かれている。建物の外に広がった街の中で、85大樓だけが別の時間を進んでいる。

いま85大樓の周りを歩くと、2019年に建物の上層が止まった頃とは違う景色がある。

高雄市立図書館総館の前には人が集まり、少し港側へ出れば高雄展覧館や高雄流行音楽中心がある。その間をLRTが走り、港には高雄港旅運中心が完成した。かつて港と工業地帯の縁だった場所に、本を読む、音楽を聴く、展示会へ行く、港を歩く、といった別々の用事が生まれている。

その中から85大樓を見上げる。30年ほど前、この建物は商業、オフィス、ホテル、娯楽を一棟に積み上げ、「垂直立体都市」をつくろうとした。いま似た都市の機能が、85大樓の中ではなく、その外側に一つずつ建っている。一棟の中に作ろうとした街が、時間をかけて外へ出てきたようにも見える。

ただ、「ようやく街が85大樓に追いついた」とは言えない。この街づくりは、85大樓を救うために始まったものではない。

高雄85大樓の衰退についての記録

高雄85大樓を外から見ると、今も一棟の巨大な塔に見える。けれど内部では、ホテル、套房、商業区画が別々の所有者と時間を持ち、水と電気だけがそれらを一つにつないでいる。

世界の片隅でいただきます

85大樓が弱り始めた頃、周囲では別の計画が始まっていた

85大樓が本格的に開業した1999年の12月、その周囲で「高雄多功能経貿園区」の特定区計画が公告された。港湾や工業に使われてきた臨港地区の土地を、物流、経済・貿易、レジャーなど別の機能へ転換する計画で、国の亜太営運中心政策に合わせたものだった。85大樓が失敗したので、後から行政が周りの再開発を始めたわけではない。

ほぼ同じ時期に、二つの未来が走り始めていた。一つは、85大樓という巨大な民間建築の中に、ホテルやオフィス、商業、娯楽を積み上げる未来だった。もう一つは、その周辺の広い土地そのものを経済地区へ変えていく未来だった。

どちらも、予定どおりには進まなかった。85大樓では低層の商業が早く弱り、ホテルは所有者を変えながら営業を続けた。周囲の都市計画も短期間では完成しない。2013年の計画見直しでも、開発の遅さが課題とされている。

それでも、区域そのものは消えなかった。2011年、この一帯は「亜洲新湾区」として打ち出され、計画の中身を変えながら開発が続いていく。


同じ土地に、違う未来を入れ直してきた

1999年の多功能経貿園区と現在の亜湾では、同じような場所を使いながら、そこへ入れようとしているものが変わっている。

初期の発想は、臨港地区を物流と経済・貿易の拠点へ変えることだった。その後、図書館、展覧館、音楽中心、旅運中心といった公共施設が建ち、LRTがそれらを結ぶ。2021年には5GとAIoTの産業を集める国家級の計画が始まり、2023年にはそれを広げた「亜湾2.0」が決まる。重点は、企業本部、研究開発、IC設計、金融などを呼び込むことへ移った。同じ2023年、陳其邁市長は、多功能経貿園区の発想を旧い考え方と呼んでいる。同じ都市計画の器を残しながら、その時代に必要だと考えられる中身を何度も入れ替えてきたことになる。

85大樓は、1980年代末から1990年代に考えた都市の姿を、ほぼそのまま一棟の中に固定した建物だった。周囲の街は、完成まで時間がかかった代わりに、途中で目的を変えることができた。ここに、一棟の建物と都市計画の時間の違いがある。


今度は、一棟の中に全部入れない

現在の亜湾を歩くと、85大樓との違いがよく分かる。図書館には図書館の建物があり、音楽中心には音楽中心の建物がある。展覧館も旅運中心も別々で、その間をLRTがつなぐ。企業のオフィスや研究拠点、住宅やホテルも、それぞれ別の土地に、別の事業者が作っていく。

85大樓は、それらに近い機能を一棟に積み上げた。現在の亜湾は、街全体へ広げている。

これだけなら、都市開発の規模が大きくなっただけにも見える。違いは投資の形にもある。85大樓は、一つの巨大な民間プロジェクトの内部に多くの都市機能を集めた。現在の亜湾では、図書館やLRTなどの公共投資が先に都市の基盤を作り、その上へ複数の民間企業や開発事業者が入ってくる。公共だけで作る街でもなければ、一社がすべてを背負う開発でもない。未来を作ろうとしていることは似ていても、それを作る主体と投資の方法が変わった。


今回は、未来の根拠も少し違う

それでも、現在の亜湾を「街が完成した」と見るのは早い。企業や人が十分に集まり、その需要に合わせて建物を増やしている段階ではない。企業を誘致し、オフィスや研究拠点を用意し、そこで雇用を作り、その結果としてさらに人口や消費を呼び込もうとしている。順番としては、今回も未来を少し先に作っている。

1990年代との違いもある。高雄市の資料によると、2025年末までに亜湾には340社の企業が進出し、累計投資額は366億元に達した。これは大企業の本社だけを数えた数字ではなく、亜湾に拠点を置く企業全体の数だ。それでも、計画図だけの街ではなくなっている。

高雄の別の地域では、半導体や先端製造への投資も進んでいる。亜湾そのものが工場地帯になるわけではない。それでも、高雄全体に以前とは違う産業需要が生まれていることは、1990年代との大きな違いだ。

一方で、これから供給される床もまだ大きい。企業本部、研究開発、商業、住宅を含む大型開発が続く。鴻海が亜湾に計画する旗艦本部のように、完成が2030年代とされる案件もある。

賭けの根拠は、30年前より厚い。それでも高雄はまた、未来の需要がここへ来ることを見込んで、先に場所を作っている。


85大樓も、昔の姿に戻ろうとしているわけではない

その街の真ん中で、85大樓自身も使われ続けている。建物は廃墟ではない。套房と呼ばれる小型の部屋やオフィスとして使われる区画があり、国立中山大学の国際金融研究学院や、高雄市のスタートアップ拠点も入っている。2019年に競売にかけられた旧ホテル部分では、大規模な改修が進む。

誰かが建物全体を買い戻し、商業施設、テーマパーク、ホテル、オフィスを一つの運営へ戻しているわけではない。大学は大学として入り、オフィスはオフィスとして使われ、套房はそれぞれの所有者のもとに残る。旧ホテル部分は、ホテルとしての再開に向けて改修されている。

用途を変えて使い直す動きも、最近始まったものではない。完成から5年ほどの時点で、空いた階を国立中山大学の宿舎として貸す交渉が報じられている。建物全体を元に戻すのではなく、使える部分に新しい用途を入れる。その適応は、長い時間をかけて続いてきた。

85大樓の内部は、一つの垂直都市から、複数の所有者と用途を持つ建物へ変わった。現在の再生は、その分解を逆回転させるものではない。分かれたまま、使い方だけを更新している。


建物が使われることと、人がそこへ行くこと

大学やオフィスが入り、ホテルが戻っても、それだけでかつてのランドマークが戻るわけではない。ここには二つの違う「再生」がある。

一つは、不動産として使われることだ。空いた床に新しい利用者が入り、そこで働き、学び、住み、泊まる人が増えれば、巨大な建物を維持する経済的な理由が戻る。

もう一つは、不特定多数の人にとって、再び目的地になることだ。かつての85大樓には百貨店があり、テーマパークがあり、ホテルがあり、宴会場とレストランと展望台があった。用事のない人にも、そこへ行く理由がいくつもあった。

現在の大学やオフィスは違う。通う人には明確な用事があるが、高雄の人が休日にふらりと85大樓へ向かう理由にはなりにくい。

周囲ではむしろ、その理由が増えている。図書館やライブ、展示会、港の散歩のために、人はすでに85大樓の近くまで来ている。残る問題は、その街の中で85大樓がもう一度、人を中へ引き込む場所になるかどうかだ。


一棟の未来から、街の未来へ

30年ほど前、85大樓は高雄の未来を一棟の中へ積み上げた。それは完全な幻想ではなかった。三多商圏は実際に成長し、高雄もその後発展を続けた。

ただ、都市の変化は一つの建物が想定した形には収まらなかった。交通や商業には別の中心が生まれ、隣に予定された103階の塔は今も建っていない。85大樓の内部でも、商業、ホテル、套房、オフィスはそれぞれ別の時間を進んだ。

その間も、足元の都市計画は消えなかった。同じ地域に何を置くかを変えながら、図書館ができ、音楽中心ができ、展覧館ができ、LRTが走り、企業や研究拠点が入るようになった。かつて一棟に集めようとした都市の機能が、いまは複数の建物と複数の主体に分かれ、85大樓の周囲へ広がっている。

それを「30年かけて街が追いついた」と言うには、まだ早い。企業と人が本当に集まり、平日にも働く人と住む人が行き交い、イベントのない日にも街が動くようになるのか。それはまだ途中にある。85大樓がその街の中でどんな役割を持つのかも、決まっていない。

高雄はいま、同じ場所でもう一度、未来を先に作っている。今度は、一棟ではなく街の形で。

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